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− Hypno Bericht ヒプノ ベリヒト − ※独語でのスリーパー報告書の意 モンスターボールから出ると、そこは海に浮かぶ小さな島だった。 白色のフェードインの後に広がる青い空、空とは異なる青玉色の海、白い砂浜、高く昇った昼時の太陽。 近くにも同じような島が幾つも連なっているようで、海の向こう側に別の島の姿が覗く。 港町の近くに長年住んでいたから船自体には珍しさを感じないが、船に乗ったのは(ボールの中だとはいえ)初めてだった。 「船に乗るの嫌がってたみたいだけど、大丈夫だったかな?」 不意に真っ白な帽子が印象的な少女が私を見上げ語りかける。 その顔は不安そうだ。私が頷くと、ほっとした顔をし微笑む。 「良かったぁ…… ずっと何だか不機嫌そうだったから。」 少々癖のある日に焼けたブラウンの髪が潮風でなびく。 彼女はモンスターを小さなボールにずっと入れておく事を良しとしない人間で、場所が許す限りポケモンを外に出していた。 先にボールから出ていたリーダーが火の付いた尾をパタパタとさせて辺りを見回している。 その様子をにこやかに見守りながら少女は別のボールからポケモンを次々に解放する。 4フィート7インチほどの小柄な身長。 あどけなさを残した……と言うよりもむしろあどけなさが主成分の顔。 短めのサイドプリーツスカートから伸びる脚は華奢で長旅に向きそうに無い。 少しぶかぶかの帽子の似合ういかにも子供ですという風貌。 まぁ、実際の所ローティーンにも満たないお子様だ。 運動音痴 、方向音痴、天才的なゲーム音痴(マリオをすると最初のクリボーに負ける)。 頭の出来がよろしく無く、特にポケモンの知識は皆無の万年ビギナーのド素人。 私が目を配らせてないとトンでもない事をしでかす、手のかかる人間。 ――便宜的に私はこの人間を主人と呼ぶ。 それにしてもそんな子供相手に子供探しを頼むとは、 何とも間が抜けた男だったな。 ふと、さっきの島でのやり取りを思い出す…… 主人の知人に頼まれた荷物を渡すために二の島に着いたのは良いが、 そこの遊技場の後頭部の薄い男はそれどころではなかったようだ。 待てども来ない幼い娘を心配するばかりの男に、主人はその女の子を探してくると提案したのだ。 首を突っ込まずにはいれない性分の主人の様子を眺め、私は溜め息を付いたのを覚えている。 (ハゲ頭の親父が『ワシに似て可愛いから心配だ』などといっていたが、 シーギャロップの定期入れに入っていた写真のその子は親父には似ていなかった) 「あぁっ……ニョロゾッ! ……大丈夫!?」 突然素っ頓狂な声を主人があげ、思わずそちらに目を向ける。 青くなっている(元々青い身体だが)ニョロゾが伏せっていて、主人が背中をさすっている。 「平気な振りしてたけど、最初の島に着いた時点でもーすでにアレな状態だったニャ」 その様子をどこか面白がっている様に陽気な声を出す悪友のニャース。 「ニョロゾ 体 不調 何故 言わない?」 苛立った声でガラガラが言う。寂しがりや故に奴を心配してそんな態度になったらしい。 「水タイプが『実は船酔いするから酔い止めくれ』って言い辛いッスよねぇ?」 オニドリルがフォローする。気にしている事をうっかり言っている事には気付いていない。 巨大な身体を持つリーダー、リザードンが首を縦に振って同意する。 しかし……、ギャウギャウと大丈夫なんとかなるさ! とか適当に言う所は、暢気というか何と言うか。 「……大丈夫ですから……本当に…。」 弱々しい声がニョロゾから漏れる。 普段慎重な男だが、どうもここまで本人も船酔いが駄目だとは思わなかったようだ。 心配をかけたくなかったのか言い出せず、悪化したらしい。 ニョロモ系って、渦巻く透けた腹の内臓が弱点である事と同じ様に渦巻く三半規管が弱点だったりするのだろうか……? 間の抜けた主人や他種族で構成された連中達にいつも私は振り回される。 産まれ持った『真面目な性格』のせいだ。 融通の利かない、発想の柔軟性の無い……ついでに言うと能力の補正が全く無い。 ないない尽くしの正直、非常に損な性格だと感じる。 ニョロゾが何とか調子を取り戻し、その子の情報を得るために島の集落へ向かう事になった。 まだ足のふら付くニョロゾをガラガラが支える。 (ボールに入っているよりも風のある外に出ていたほうが楽らしい) 皆が歩き出す中、私は足を止める。 「どうしたの?」 「……」 振り返って立ち止まり、私に問う主人。 沈黙の後に否定する様に首を振ると歩き、彼女を追い越しそのまま振り向かずに行った。 慌てて主人がついてくるのが足音で解る。 別に何でも無い。どうという事も無い。 ただ脳の中で此処に着く前から、 何か嫌な事が起きそうだ……と、 超能力者特有の直感がそう告げ続けている。 ただ、それだけだった。 *** 「おぉーい、マーヨちゃぁぁん。マヨいごのマヨちゃぁぁん。」 「ギャャぅーガぅガゥぅー。」 《木の実の森》 『三の島 大小揃って 【親子島】』 絆橋で繋がれた2つの島で構成された三の島の一方に、木の実の森は存在する。 森といってもトキワの森の様な人が頻繁に踏み入る開放的な所では無い。 入り口付近こそ明るく木の実を摘むのに適してはいたが、奥へ進むと昼間なのに薄暗く、陰気に木が醜くうねり不気味でありさえする。 個人的には嫌いな環境ではないが。 鬱蒼と茂っている樹林のせいでリーダーやオニドリルが空を飛び、空からその子を捜索するというのは無理そうである。 人海戦術で捜すほかは無い。 二次遭難が起きる可能性を考えると、分かれて探すより全員一緒に探すべきだ。 ポケモンが住んでいそうな食糧の豊富な環境ではあるというのに、深く茂る草陰や葉で覆われた枝からは何の気配も無く……静まり返っている。 虫除けスプレーを吹きかけていて、彼らを寄せ付けないとはいえ妙な感じだ。 簡単な頼まれ事だと思って引き受けたのだが、事態の風向きが怪しくなってきた。 第三の島に着いて早々、本土から来た暴走族の集団に絡まれ足止めされた。 その子が通せんぼでもされて船に乗れなかったのかと思ったが、痛めつけて、白状させた奴らの話を信じると、船乗り場の方にはそんな女の子は来ていないらしい。 昼過ぎに橋付近を散歩に来たという人間が大多数で情報不足だとはいえ、森に向かった所を目撃した人物はいても、帰って来た所は誰も見ていない。 それはその子が今も森にいる事を示唆していた。 年は少し低いが、弁当を一人で作り親父に持って行く様なしっかりしている子だ。 時間を忘れて木の実取りに夢中になっているとは考え難い。 ひょっとしたらこの森で怪我でもして動けなくなっているかもしれない。 嫌な予感の正体はこの事だろうか? ――ガラン ガランッ!! 突然森中に大きな音が響いた。 全員がその音に驚き顔を強張らせ、好戦的なガラガラが骨を構える。 その中で唯一、リーダーだけがキョトンとした顔をしている、どうやら奴が足に何かを引っ掛けただけらしい。 「……ギャゥ…。」 「少しびっくりしちゃったけど、大丈夫だよ、リザードン。」 悪い事をしたと、体を小さくさせるリーダーをよしよしと主人が慰める。 「人間 使う 仕掛け?」 細い蔓が張っていて引っぱると端に括り付けられている鉄板同士で大きな音が鳴るような仕組みになっていたようだ。 「ポケモン避け……でしょうか? 間違えているかもしれませんが」 突然野生のポケモンと人間が出会うと、ポケモンは驚いて攻撃的になる。 だからそうなる前に音をたて存在を知らせる事によってお互い接触を避ける。 そういう原理の道具があるからこれもそれの一種ではないだろうかとニョロゾが言う。 「人もとい、ポケモン騒がせニャ仕掛けだニャぁ、もう。」 「リーダー、気を付けるッス。うっかり屋は俺だけの特権ッス。」 場の緊張は解け笑いが起こり話に花が咲き、私もつられて不器用に笑う。 ふと、その蔓に目が付く。 引っ掛かっている『何か』をしゃがんでつまみ上げる。 「何だ……これは?」 それは――やや紫色を帯びた白色の長い動物の体毛だった。 *** 時が経つごとに、森の奥へと踏み進むごとに、主人の表情は陰りを見せる。 自分よりも小さい子が迷って一人で泣いているかもしれないと、そんな事を考えいてもたってもいられなくなったのだろう。 木々の根で凹凸のある不安定な足場でも、小走りで進む。 (主人も迷子になるからその子供の事を他人事とは思えないのだろう……彼女の場合リーダーがいつも一緒だが) 日頃の自転車にも乗れぬ運動音痴振りを知っている身から見れば無謀だ。 「場が悪いから転ばないよう……」 ――どたっ! 注意しようとしたそばから転んだ。 白いグンパン丸出しの馬鹿な格好……そんな失態を見ぬ様に目を逸らす。 だからスカートではなくズボンを履けと、前々から散々言っているのだ。 おしとやかにしていればまだ良いが、彼女はその格好で走り回り、段差を跳ぶ。 「たきゃが子供のパンツで騒ぐほうが変態ニャ」 などと猫が言うのであまり強くは言えないのが現状だが…… 「いたぃ……」 体勢を直した主人……膝は大した事無さそうだが、傷口が土で汚れ血が滲んでいる。 心配をかけたくないからのか、立ち上がり膝をはたき、土をはらうと痛みを堪え、笑顔を浮かべる。 「…大丈夫だから、早くあの子探すの続けようよ」 傷薬があったはずだろう。私にカバンを貸せ!私が探して塗ってやるっ!! 膝を持ち上げ、本当に簡単にだが怪我の処置をする。 回復薬としては割高だが、スプレー式の傷薬は人間にも応急処置が出来る。 こういう時だけは手が人間染みた構造で良かったと思う。 私と主人はポケモンと人間という関係といい難い、まるで私は保護者だ。 『主人』と認めていないのに関わらず彼女に付き従っている理由は……義理からだ。 「ありがとうね、もう痛くないよ」 通常よりも屈んで低くなった私の頭部を優しく撫でる。 「だから、早くあの子を見つけ出してあげようね」 そうだ、そうだ、いつもそうだ、あんたって人間は…… 他人の心配をすると鈍い頭が余計に回らなくなる。 自分自身の事に全く気が回らなくなる。 私と最初に出会った時もそうだった。 *** 世間一般には虎挟とでも言うのだろうか、 その類のものに引っかかっている所を私はこの少女に助けられた。 腐れ縁のニャースと、くだらない追いかけっこの最中、草むらの中で眠っていたそれは左足に食い付いた。 無我夢中に虎鋏ごと足を引っ張ったが鋼歯が骨に当り傷が抉れるのみで、頑丈な鎖は音を立てるだけだった。 人工の鋼の物質は多くの属性を半減する。 猫の引っ掻く、噛み付くも、私の念力、はたくも、全て無駄な悪足掻きだった。 猫が食料を持ってくるから、そのまま野垂れ死にだけは避けられた。 今時、狩猟法違反な方法を使うのは非合法な結社……R団くらいだ。 近い将来R団に回収され薬か機械か何かで洗脳されて悪事を強制させられる。 そして――ボロボロになるまで酷使されて使い捨てにされる。 そう考えると心が荒み、惨めな気分になった……。 だから近々最終進化形になりそうな凶悪な顔付きのリザードが現われた時、本当に……万事休すだと思った、が。 「あっ、ポケモンが捕まっ……うわぁ、怪我してるっ!」 ……しかしその後ろから、ひょっこり顔を出したのは田舎くさい女の子だった。 私と同じ目線の高さになった彼女は、私の怪訝な表情に対して悪意の無い笑顔で返した。 「怖がらないで、いますぐ助けるから――」 手に赤く跡が付くほどに鎖を引っ張り続けて、時々肩で息をしている少女。 足の傷口を拡げないように細心の注意しているのが解かる……実際は拡げているが。 元来は人間嫌いだが、不器用なりに助けようとしてくれる彼女に心底感謝した。 ――ただ、彼女の行動は何だか妙だと感じた。 罠の金具ををリザードの炎技で焼き切ってくれさえすればすぐに済む話なのだが、いい加減続く痛みにうんざりした私が彼女達に指摘するまでそれをしなかった。 罠が外れたら外れたで、人間の多い所は嫌だと反抗する私を、二人(?)がかりで、モンスターボールで捕まえもせずにずるずるとポケモンセンターまで引っ張って行く。 新手の嫌がらせか何かかと最初思ったが、その行動の理由が、『彼女が帽子の台の様な頭の持ち主だから』という結論に達するまでにはあまり時間がかからなかった。 モンスターボールでの捕獲方法が解からず クチバシシティまで貰ったヒトカゲ――リザードとだけで旅をしていた事。 一週間位お月見山で迷い、抜け出てきた時には捜索願が出ていて驚いた事。 そんな事を聞いていると、この先、生きて行けぬのではないだろうかと思い始め、真面目な性分故に見捨てる事が出来ずに今に至っている。 適当なところで切り上げてさっさと住処に戻るつもりだったのに、いつの間にかこんな遠方の島まで来てしまった。 どこかに子供の影が見えないかと、辺りを見回す。 見えるのは暗緑色の木々に主人にニョロゾやガラガラ、リーダー、オニドリル…… ……ニャースの姿が見えない。 目で探すとパーティから離れたところにいる奴を発見した。 ニャースの奴が尾も動かさずに遠くの方をじっと見ている。 どこか、虚ろな……ぼおっとした眼をしている様だ。 「……おい?猫?」 身体がふらりと動いたかと思うと、急に明々後日の方向に駆け出した。 集団行動をしろと言っていたのに、猫の奴め。 そのままにして迷子の子猫がもう一匹増えるのは面倒だ。 私は主人の方を振り向いて彼女が仲間達といる事を確認すると、背を向けてニャースの後を追った。 「――スリーパー、何処行くの?」 そんな主人の声が後方から聞こえたが聴こえぬ振りをし走る。 スプレーの効果がとっくの昔に切れていた事を、この時気付いておくべきだったのだ。 *** 「小銭が光ったと思ったのに、その正体が木漏れ日だとは損したニャ」 ニャースに追い着き、虚空を見つめ佇む猫を掴み持ち上げ顔を窺う。 目を大きく開け、驚いた表情を浮かべる猫。 据わっていた目が元に戻ると、猫はそんな台詞を呟いた。 地面に下りると伸びをし、髭を整えた猫はいつもの調子で五十円玉にじゃれ付く。 「代わりにおまいの小銭くれニャー」 「断る……って、私の大事な振り子に触るな猫!」 結局私も仲間達と逸れてしまった。 振り子に掛けられた前足を邪険に振り払うと、来たと思われる方向に足を速める。 「にゃにゃっ! 木の実の大群発見ニャ!」 道の途中、食用の実を付ける植物が繁茂し巨大なテリトリーを形成していた。 目を輝かせるニャース、いかにも特性物拾い発動中ですという様子だ。 「本来の目的忘れているだろ、ニャース」 「旅には寄り道は必須ニャ。おまいは真面目っ子過ぎるのニャ」 猫は呆れ果てる私に構わず、茂みを掻き分け木の実を摘み始める。 「……でもおまいの場合は元々の種族が後ろ向きに捻くれちゃってるから、もう180度ほど捻くれて元の場所に戻っちゃっただけの真面目だニャ」 「ホールドとチョークの違いを身を持って経験したいのか?」 拳を作って凄んで見せたが、猫は私を面白そうに目を細めて眺めるだけだった。 「冗談……まったく血の気の多い獏ニャ」 ニャースとは竹馬の友ならぬクチバの友。 小さな猫と大きな獏、軟派な奴と堅物な男、昔から性格の合わない猫獏の仲である。 「『6番道路』の『ロクな事をしない猫』め」 「ならばおまいは『11番道路』の『イイ獏』もとい、『どーでもイイ獏』ニャ」 不意に腹の音が鳴が鳴り、きょとんとした猫が私の顔を見る。 猫の顔は段々嘲笑を帯び、羞恥を感じた私は猫から目を背け顔を伏せた。 昼食を取っていない……腹が木の実で忘れかけていた食欲を思い出した様である。 「おまいのおなか、自己主張が激しいニャあ」 ニャースは猫特有の笑いすると、側に寄り木の実を両手で差し出した。 「食う?」 「いらない」 鮮やかな色調の果実を真近で見たためか、腹が更に鳴り赤面する。 草や木の実で重量のある身体を構築する獏は必然的に大食いになる。 ストイックでありたい自身の精神と反して、自制が出来ない肉体が忌々しい。 「みんなのもちゃんと持っていくから心配無いニャ」 己の身に苛立っている私を猫はいくらか同情的な目で見上げる、心配している様子だ。 「我慢して食わないのは身体に悪いニャよ?」 「……」 小さく溜息を吐くと、背を屈め猫の手の下に手で皿を作り、無言で受け取った。 熟れた実は歯で噛まなくとも口の中で潰れ、風味が広がり美味だ。 しかし、道草の共犯になった感じがする居心地の悪さのせいでなんだかアレだ。 「前々から思ってたけど、木の実ばっかで夢食わないのニャ、おまい」 「別に食べないわけでは無い、魚臭い夢は御免だが」 夢か……。 夢。 獏は夢を好む。 人の夢、口当りの良い穏やかな夢を。 夢の化学組成はアルコールに類似するのだと、 酒に酔い転んで死んだ男の書物に書いていた。 悪酒、悪夢を食えぬ獏。 獏の肝には人の子の夢がよく融ける。 『夢齧ってもいいよ』 進化前の時、主人がこんな事を言い出した事があった。 ポケモンセンターの休憩室のテーブルで寛いでいる時であった。 「だから……ねぇ、スリープ。一緒に寝ようよ」 そのせいで口に含んだカフェインレスコーヒーを噴き、読んでいた新聞を駄目にした。 (特性が不眠の為にカフェインに用は無い、故にカフェインレス。) 主人が何かを差し出す。 何かと思えば古い子供向けの本だった。 スリープ ぶんるい:さいみんポケモン いつも いっしょに ねむってみると ときどき むかしの ユメを みさせてくれる よるがある。 「私昔ね、お父さんと一緒の夢を見たの。でも、顔覚えて無いんだ」 なるほど昔の夢が見たいのか、じゃあ添い寝してあげよう……って、 冗談じゃ無い、一晩中あんたの枕になるなんて御免だ。 第一、こういうものは物事を大袈裟に書いてある、信じるなんて馬鹿だ。 つーかあんたは、カイリキーが腕から1000発のパンチを 2秒間に出せるとか本当に思っているのか? ギミックだ、ギミック。ツクリゴト。 プロレスのヒール役に、親子の奴がいるがそれは設定上の事で本当は他人だ! 眠れぬ獏が夢を自由に見せる事なんか出来るものか……と、 その様な事を少しきつく巻くしたてたら、主人は悲しそうな顔をして、 私はその夜罪悪感を感じた。 迷子に成りかかってるぞと脅すと、ニャースは大丈夫だと胸を張った。 「そんな時の為に!フラッシュ!を覚えてきたニャ。」 「フラッシュぅ……?」 この技が必要な岩山トンネル通行時に図鑑のポケモンが10種に満たず、 秘伝マシンが貰えぬ状態で暗闇に挑む事になったが……その技が今役に立つのか? 額に手をかざすと小判が光で点滅し始め、中々本格的だと少し感心する。 「フラッシュで仲間に位置を知らせるっ!!」 けっきょく他人頼りかっ!猫。 「不満なら、嫌な音で知らせるにゃっ!」 やっぱり他人頼りかっ!やめろ猫。 悪ふざけの過ぎる猫を手で押さえつけていると、羽ばたく音が遠くから近づいてくる。 木々を避けて縫う様に、時に派手に枝を翼で弾く様に飛ぶ見覚えある紅い鶏冠の鳥。 「ほらほら、向こうからオニドリルが飛んで来たニャ」 「馬鹿、奴は元々鋭い目で見付けるのは得意だ」 「タイヘン、大変ッス! 」 酷く慌て動揺するオニドリルから飛び込んできた言葉は、 別行動への非難でもなく、子供の発見の知らせでもなく、意外なものであった。 「主人がいなくなったッス!!」 *** オニドリルが案内した場所には持ち主を失った帽子が転がっていた。 その場で倒れているリーダーと仲間達。 慌てて駆け寄ると、外傷は無くただ寝息をたてているだけであった。 「何故こんな事に……あんたら主人についていただろーがぁっ!」 すやすやと幸せそうに眠りこけている連中に向かって私は無意識に怒鳴っていた。 横の二匹はその剣幕に圧倒され私を凝視する。 「二匹を探していた途中、何故か眠ってしまったッス。俺も……」 最初に目覚めたのはオニドリルだったらしく、ばつの悪そうな顔をする。 奴の顔に睨みを利かせたが、今仲間割れすべきでない事に気付き止める。 帽子を拾い上げ手に持つ。大事にしているマサラ色の帽子だ。 主人が一人で行動したと考えても、これを残していくとは思えない。 その先に目を向ける。森の奥の方角だった。 「何者かが故意に仲間達を眠らせ、主人を連れて行ったという事か」 いつもなら慎重で、警戒心の強いニョロゾが真っ先に危険に気付いただろう。 しかし、今日は船酔いの病み上りで本調子では無い。 後のリーダーやオニドリルは、楽観的過ぎて奇襲に弱い。 力任せの攻撃を得意とするガラガラは、小技や補助技が苦手である。 その中でも特に状態異常の『眠り』との相性は最悪だ。 ずっと感じていた嫌な予感、あの直感は間違っていなかった。 それを誰かに伝えていれば、特性が『不眠』の私が主人と離れなければ。 私は大馬鹿な獏だ。 自責の念に駆られ、隣接した樹の幹に思い切り拳を叩きつける。 木の軋み、拳に伝わる痛みが拡散されるのと同時に辺りに静寂が広がった。 猫と鳥は顔を見合わせると、やり切れぬ思いで私を傍観する。 「主人の身に危険が迫っている……」 沈黙を破る為に、呟くような言葉をやっとの思いで紡ぐ。 『ブレーン』を自負する私が取り乱していては連中は不安になるだけである。 深憂を悟られぬ為に平常心で在る様見せ掛けねばならぬ。 どう行動すればいいか考え、それを皆に伝えねばならぬ。 しかし沸き立つ焦燥が、平静を失わせ思考の邪魔をする。 心穏やかでも冷静でも居られぬ真面目な性格は、こういう時に弱い。 「早く探さねば、しかし、どうやって……」 「ぼくに任せるニャ!」 弱気になる心に得意そうな明るく弾んだニャースの声が力強く響く。 猫の細い漆黒の眼はその声の調子と裏腹に、強い意思を浮かべていた。 「主人のにおい判るニャ!」 猫は嗅ぎ分ける能力が優れており、人間の数万、数十万倍あると言われている。 だが、犬のガーディの様に希釈した個体特有の臭いを森の中で探すという事は可能か? そもそも、ニャースの顔に鼻なんてあっただろうか? そう首を傾げる私に、ニャースはルイス・キャロルの物語のチェシャ猫の様な笑いを向けた。 「主人は……安っぽい石鹸のにおいがするのニャ。」 「石鹸の匂いだと?」 ポケモンセンターにある共同の簡易シャワールームには、合成したような人工的な香りのきつい石鹸があるらしく、その不自然な匂いを辿れば間違いなく主人の元へ行けるらしい。 「今回ばかりはお前だけが頼りだ、ニャース、急ぐぞっ!」 任せておけと言う代わりに、反動をつけてニャースが私に飛び乗る。 「後の仲間を頼むぞ、オニドリルっ!」 私は振り向いてそう叫ぶと、猫を肩に連れ薄暗い森の奥へと走り出す。 「……っちょ、待つッス! 俺どーすればいいんッスかぁ!?」 「みんなを起こしてすぐに来るのニャ」 「つーか、二匹で大丈夫ッスかぁ?」 遠ざかる心配そうなオニドリルの声に答えれれるほど余裕が無く、駆け出す脚はもう自分の意思では止めることが出来なかった。 *** ユメと うつつは きみにすむ ながれてついたは どこかのしまだ そこで おとなしくしてりゃ いいものを うまれついての ユメみがち ユメは いつしか ヒトをくう ――詩集「リンウッド・テラスの心霊フィルム」より抜粋 足場の悪い地面を蹴り、ひたすらに疾走する。 緑色。 深緑色。 茶褐色。 視界に映ると一瞬の内に混ざり後ろに過ぎ去る景色。 肩に猫。 左手に帽子。 指に巻きつけた硬貨の振り子。 猫は獏の肩に足をかけ、顔を突き出し頭上から匂いを辿る。 「真っ直ぐ、真っ直ぐ……あっ! にゃンとなく左っ!」 前足でパシパシ頭を叩かれて命令されるのはいい気がしないが、仕方が無い。 ニャースの脚力、瞬発力は私より遥かに勝るが、小柄な体では辿り着く前に体力が尽きてしまうかもしれない。 多少遅くとも私に身を委ねた方が賢明と判断した故の振る舞いだ。 「おまい、でかい鼻にゃのに役にたたんのにゃ」 「どうでもよい事は言うなっ!匂いに集中しろっ、匂いにっ!」 手にかいた汗で帽子が湿り気を帯びる。 主人が、この白い帽子を大事にするのには訳があった。 『この帽子ならね、お父さんと会えたら、私が娘だってすぐに解るよ』 昔、父が恋人だった頃の母に贈った物だからと、照れくさそうに私に言ったのを覚えている。 父は主人と同じ夢見がちで現実に足がついていない人間だったらしく、それ故に夢を追い、ある日突然妻と幼い子を残し蒸発したのだそうだ。 今でも主人の部屋にある父の古いゲーム機器や旧型のパソコンは、彼が帰ってくることを信じて居なくなった当時そのままに佇んでいる…… 夢だけがやけに広大な男は地雷である可能性が高いと人は言う。 『夢だけで食っていけるわけないじゃない……』と。 夢多き人は自分の破滅だけでなく、時に周囲を巻き添えにする。 そんな生死も解らない人間――父親を主人はずっと探し続けていた。 彼女の旅の一番の目的が『父に会いたいから』という事であるのは明白だった。 実際ポケモン図鑑を作る旅だと言っている割に、図鑑は全く埋っていない。 父がリーグを目指していた事を知るやいなや、その足でジムへと向かった。 夜営中、特性故に見張りをしている時、仲間と一緒に暖かなリーダーの腹にもたれ掛かり小さくなって眠る主人が、彼の事を呟いた時、私はやるせない表情で彼女を見つめる他は無かった…… ――ザグッ!! 「……っ!?」 身体に走った鈍い痛みに、思考が支配され回想が中断される。 転びそうになるのを踏みとどまり、蹲る。 猫が足元へ飛び降り、私の足を覗き込んだ。 急に滑り込んで来た鋭い硝子によって、左脛の側面が切れている。 比較的浅い傷であったが、無防備な身体への不意討ちはそう耐えられる様な代物で無い。 血で溢れる傷口を強引に押さえつけると、痛みに顔をゆがませ、荒い息を吐いた。 「ぐうぅっ……」 手の込んだ罠。確実に『主人』と『悪意のあるモノ』の所に近づいているという事だろう。 「ガラス、大きくて板みたいニャ。当たり所が悪いとスパッと足がさぁ」 「エグい事はいうなっ!」 痛みと焦燥による苛立ちで荒げた声に、心配しているのを邪険にするなと猫が非難めいた目を向ける。 突如その眼が一瞬大きく見開き険しくなったかと思うと、ニャースの脚が私の頭に跳んできた。 「スリーパー!よけるんじゃにゃいニャっ!!」 その言葉と同時に私を蹴り踏み台にし、猫は更に重力に逆らって跳躍し身体を捻って回転する。 後方で靱帯によって収納された爪が突出する音が聞こえ、空を切り、何かを削ぐ音…… 頭を擦り、振り返った私の眼に映ったのはニャースが、奇襲を仕掛けたモルフォンの外骨格を、研ぎ澄んだ爪で切り裂く姿だった。 「一匹だけじゃニャい」 毒蛾を戦闘不能にすると、体勢を整え静かに着地した猫が、背中越しに言った。 いつの間にか付近の草木からただならぬ気配がする。 「囲まれているようだな」 妙な静けさの中、猫の背を背で預かるように体を向け、拳を顎の高さに挙げ身を構えた。 目を瞑り深く呼吸をする。 静寂。 空気の澱みを掻き分ける僅かな音を拾うと、視界を開け腕に力を入れた。 「……来る!!」 「……ヤルのニャ!!」 二匹が言葉を発したのと同時刻に、奴等は一斉に群がり、襲い掛った。 *** 3。三。参―― 辺りに響き続けるのはモンスターの叫びと戦闘音、蠢く音。 さっきから必死に頭の中で反芻している数字は何だったか。 そんな事すら考える暇も与えない攻撃。 それらを食い止め反撃する音が混ざる―― 自分に向かってきた奴の頭にヘッドバットで向かい打つ。 奴が脳震盪を起こし怯んだ隙に、さっと両手を顎の高さに挙げた構えに戻し、飛び込んで来たノーマル属性を持つピジョンの鋭い嘴を払い瓦割りを喰らわす。 鳥の持つ飛行のタイプは攻撃を軽減させたが、それでも体力を超過したダメージとなったらしく、キュイと鳴いて力無くその場に蹲った。 無理もない、スリーパーの攻撃力は一般的な純エスパーの中では高く、報告によると非伝説系の純エスパーの中ではトップであると言われているのだ。 (次点がアンノーンという事実を考えると、単純に他が非力すぎるだけとの声もあるが……) 皮膚に浅い裂傷、打撲傷を作りながらも致命傷となりうる損傷は受けていない。 これも、純エスパータイプのポケモンにしては、わりかし頑丈な種族であるせいだろう。 ……いや、違うな。 それだけが理由ではあるまい―― ふと、猫の様子が気になり時折伺う。 ニャースは典型的な速攻のスピード型だった。 持ち前の脚力と器用さを生かしたトリッキーな動きで相手を撹乱させる。 フラッシュによる照射で相手の目を眩ませ隙を作ると爪で切り上げ、貫く。 攻撃をひょいと避けると空間に爪跡の残像を残し、十字に切るように縦に切り裂く。 随分と『切り裂く』をバリエーション豊かに使いこなす男だ。 火力は……。せめて、しなやかな筋肉を持つペルシアンに進化していれば。 (進化による特性の変化を良しとしない銭と物欲の猫に言っても無駄だが。) それでも攻撃力の不足を感じさせないのは爪で急所を確実に突いている為だろう。 技に磨きがかかっていて、熟練しているといっても過言ではない。 ああ、そうか、熟練。経験か―― 猫にしても私にしても主人と一緒に散々洞窟や道に迷って負けて、人に負けて、その度潜り直し、挑み直していれば、勝手に身体が鍛えられるというものだ。 駄目な主人のアホさが、私達を後天的に強くしたというなら何ともシニカルだ。 宙を飛びまっすぐ腹部に向かって来るものがあった。コンパンだ。 葉や枝、長草の見通しの悪さが災いし、気付いた時にはかわすことのできる距離で無かった。 体当たりの衝撃と共に腹に鈍痛。そのまま奴は身体に牙を立てて吸血し、行動を妨害する。 引き剥がそう、振り解こうとしている間に、倒れた仲間すらもを遠慮も無く踏みつけて 後方で燻ぶっていた連中が飛び出してきた。 危険な状況だ。しがみついている奴を黙らせる必要がある。それも瞬時に。 ……本来の振り子を利用した凝視法、集中と時間を有する手法はこの状態では無謀と判断した。 咄嗟に身体に接触した奴を掴み上げ、腕を首に回すと片手を己の腕で挟み、逆手で奴の頭を抑える。 レスリングの技に近い格好だろう。その状態で首から喉にかけてを手を押し当てて締め上げた。 「催眠術」 所有時間は数秒。 力が抜け所謂『落ちた』状態となった奴が手を放しずるりと足元に落ち込む。 暫くは夢の中だろう。踏まぬよう足場をずらし、攻撃を構えた。 「さいみんじゅつぅ?ヨクユーにゃ、ただの腕力に訴えた気絶ワザにゃ。」 頚動脈圧迫法。数秒で深い催眠状態に導入できる技法。れっきとした催眠誘導だ。 文句が有るのかと前の奴を数匹片付けた後、別の敵と戦うニャースを横目で睨み付ける。 「おまいさぁ、もー少しはエスパーらしく知的な技使おうよ?」 「無茶言うな。そういう、お前もさっきから爪ばかり使っているが、噛み付くはどうした?」 「甘いもののせいで歯に爆弾かかえちゃって以来、別の技と交換したニャ」 「切り裂くに補助技が二つ。後の一つはどうしたのだ、猫?」 「あれは、今日ちょっと持ち合わせが……」 持ち合わせって何だ、持ち合わせとは。 まあ、奴の事だから大体見当が付くが……。 エスパー技がどうとか、言っていたがな、ニャース。 そもそも、大体、基本的にカントーの主なエスパー技は、遠距離、間合いがあってこそ生きてくる技だ。 念ずる時間の確保というネックも有り、至近距離ではその効力を十分に発揮できない。 長々と説明するように言葉を紡ぎながら、攻撃を続ける。瞬間的に回りが手薄になる。 「つまりだな、超能力が生きてくるのは――」 一息ついた後、硬貨を持つ手に念を込め、踵を返し、サイコキネシスを解き放った。 念により物体を外力を加えること無く運動させる超能力によって、ニャースの死角の少し離れた方面から猫に今にも蔓で拘束し攻撃を加えかけんとする毒と草の属性を持つモンスターが弾き飛んだ。 加速度の付いた身体は、力一杯後方の敵もろとも木に叩き付けられる。完璧に近い援護射撃だった。 「――こういう時だ」 頭突き。 瓦割り。 サイコキネシス。 催眠術(スリーパーホールド?) セミフルアタックの物理寄り二刀流。 物理特殊両方の技と、重火力型とは言いがたい突破力を補う為の補助技。 無理に一本化せず、持つ技能や技を最大限に利用する。 単に中途半端な能力を中途半端にしているだけという、危険も伴う諸刃の剣。 玄人にはお勧めできない。 何の特徴も無い真面目には似合いすぎて自虐的な笑いさえ出てくる技構成だ。 「にゃぁるほど!ありがとにゃ、スリーパー!」 動きを封じられる事に弱いニャースはいつになく素直に感謝を表した。 普段なら優越感を感じる所だが、今は内心、穏やかでは無かった。 「2……暴走族の奴め」 何か言ったかと猫が問うが何もと言ったきり黙りこみ、違う方向の敵の攻撃を受け止め反撃した。 払っても、なぎ倒しても敵の軍勢は減らない。 さっきまで何の気配も無かったにも拘らずこの数は一体何だ? 力量は、こちら2匹に分があるらしいが、この群。 見通しの悪さから、戦いに時々不利が生じているきらいがあるが、 良かったら良かったでその圧倒的なその数に絶望的な気分になっていただろう。 それに奴等の目は変だ。どろりとしていて、まるで……操られている様だ。 化け物(ポケモンなのだから当たり前か)染みた奴らが本能に忠実に攻撃をしてくる。 サイコキネシスで思わず弾いたのは、疲れからか急所を捉え損ねた猫を狙った敵。 どこか思う所があって、機敏性と引き換えに己を守る鎧となりうる無駄な筋肉や体脂肪を 持ち合わせていない猫の体力の消耗を可能な限り抑えたかったのかもしれない。 「残り、1発……か」 来る途中に暴走族の毒や格闘のポケモンへの攻撃で超能力を消耗していた。 サイコキネシスは高威力で破壊力があるが、その分精神力を消費し、 放てる数は必然的に限れて少なくなっている。 エスパータイプを持つ肉体に産まれた者にとって一番の攻撃となりうるのは、 タイプの一致しない技よりも、エスパー技である事には疑いの余地は無い。 多少同種より、特殊攻撃力が恵まれない奴にしても然り。 超能力を消費しきってしまう事。それは、己の弱体化を示唆していた。 温存している超能力以外の攻撃も目減りしているのだろう、。 蓄積した疲れからかブレが生じキレが少々悪くなっていた。 どんなに技を使おうとも、数という暴力で力任せで突破してくる敵。 迫りくる敵の攻撃が徐々に、そして確実に体力を蝕んでいった。 多勢に無勢。その言葉の意味、それが今は痛いほどよく解かる。 「悪あがきでもさせるつもりかニャ?」 「さあな」 沈黙のあと走れるかと唐突に猫が聞いた。咄嗟に走れると答えた。 「振り切れるニャ?」 「振り切るのは――」 猫はきりの無いこの場を放棄するつもりらしい。賢明な選択だと言える。 きっかけを作ればニャースは楽に振り切れるだろう。 相手が攻撃する前に行動する為、先手を取られることも多い私よりも痛手は負っていない。 元来の足の遅さや、最初の足の怪我故に、私は振り切れる状況ではない。 今の私ではむしろ逃走の足手まといになるだろう。 そうなる位なら―― 「サイコキネシスで突破口を開けてやる。……先に行け。ここは私が惹きつけて食い止める」 「何そのあからさまな死亡フラグ。寝言は寝てから言うニャ!」 そう言った猫に鋭利な葉が飛んできて、思わず身を呈し猫と葉の間に飛び出す。 頬の皮膚が切れ血が滲み出、静かに顔を伝いぽたりと地面に落ちた。 「早く行け、さっさと行け、馬鹿猫」 「居場所が分かるのがぼくだけだからか、ぼくの防御が紙だからか知らにゃいけど、おまいが無意識か意識的かにぼくを庇ってるのは十分承知ニャ」 とぼけた猫の顔が、真剣な顔に変化した。 「それが僕一匹だけをはじめから逃がすつもりで打算していたとしたら……おまいはやっぱり馬鹿獏ニャ。バトルでも、スーパーのお一人様一品限りでも仲間や人手が多いほうがいいと昔から決まってる。おまいがどんな状態でも……」 「ニャース?」 「おまいが無駄に命を落とすつもりなら、ぼくがいつでも拾い上げてやるニャ!どんな手を使ってでも。だから――おまいを置いて行くわけにはいかにゃい!!」 私の無言を猫は肯定と捉えたようであった。 「そこのガラスを引っこ抜いて僕に寄越すのニャ」 不思議に思いながらも、先ほど私を切り裂いた罠の一部を敵の隙を付いて、抜く。 こんな硝子片も猫にとっては板ほどにも大きく感じるらしい。 猫に渡そうと手を伸ばしたが敵の攻撃により妨げられ地面に硝子が弾かれる。 ニャースが取りに走るが、それを狙ったかのように敵の攻撃が滑り込んだ。 「ヴニ゙ャぁっ!!」 「ニャース!」 猫の悲痛な声が響き、攻撃をかわしきれなかった軽い身体は宙を舞った。 しかしくるりと空中でバランスを取り戻し、着地と同時に腹を押さえながら駆け出した。 硝子片を拾い上げ、大事に抱え直し、猫は強靭な脚で跳躍し私に飛び込んできた。 「走れ、スリーパー。基本、道なりにまっすぐ。マッスグマ。尻尾で時々方向を知らせるからその時はジグザグマにゃ」 「罠があっても絶対止まっちゃ駄目ニャ」 「……何をする気だ?」 「ぼくはガラスを爪でひっかく時のあの音が好きニャ。 ……ゾクゾクっとはするけど、いやじゃニャい。」 私を見上げながら覗き込み、爪と硝子を見せ、笑ったように目を細め目配せする。 「耳が無事でいたけりゃ、帽子を被るのニャ」 手に握る主人には申し訳ないほど薄汚れたその存在を思い出す。 ああ、そういうことか。 片手で猫を腹に抱え込むと、私は残った手で窮屈な帽子を深く被る。 耳が強引に押さえ付けられる。 それと同時に、ビリビリと皮膚に感じる空気の振動――音。 ――ぎいぃー、ぎいぃー、ぎいぃーぎいぃー、ぎいぃーーぎいぃー、ぎいぃー、 ――いいぃ、ぎいぃー、ぎいぃ、ぎいぃー、ぎいぃー、ぎぃーぎいぃー、ぎいぃー 不協和音、音の暴力、騒音公害、嫌な音。 聞こえやしないのに、背中に寒気が走るのは気のせいだろうか。 通常でもかなりの不快な音だが、硝子がある為に更に凶悪になっているらしい。 そんな音にふら付き群集の包囲が乱れる。 嫌な音は防御力をがくりと下げる技である……群集で出来たバリケード、防衛網も例外では無い。 森の深奥へと続く道の前に立ちはだかった敵の間に隙ができる。 一条の光の様だと感じたそれに向けサイコキネシスの最後の一発を放ち、奴等をかきわけると、そのまま全速力で突っ走った―― *** 無我夢中で走り、森の深奥部に着いたようであった。 他の場所よりも木々の密度が低いようで、道ならぬ道に比べ広く、 僅かに木漏れ日が差している。 後ろを見ても、何も、誰も、追って来ない。 帽子を脱ぎ、聞こえるのは風で草木が微かに揺れる音と、乱れた呼吸音のみ。 「巻いたニャ」 ああ、と額の汗を腕で拭いながら返事をする。 絶え絶えだった息も、限界まで轟いた心臓の鼓動も、段々静まる。 落ち着いて始めて戦闘と罠により刺さり抉られ満身創痍である事に気付いた。 「爪がボロボロにゃ」 ずっと無茶をして硝子片を引っ掻いていた為に芯から爪が割れているらしい。 ニャースは爪を仕舞い込み、それ以上その事について述べなかったが、放り出した硝子には、 真新しい赤い液体が付いていて、爪での攻撃は不可能だと誰の目から見ても容易に判断出来た。 「ここ、主人の石鹸のにおいの最終地点ニャ」 「此処が……」 「やあ、ご同輩。ここらじゃ、見ない顔だね」 突如言葉をかけられてびくりと驚き、弛緩させた身体に再び力を込めると辺りを動かずに見回す。 「罠は此処には無いよ。寝床に気の置けないものは絶対に置かない、招き入れない主義なんでねぇ。俺は。……着たばかりの所で悪いけど、帰ってくれるかい?」 どこか粘着質な声であった。 奥の少し影になっている大木の樹洞からのそりとその声の主の影が現れる。 そして微かに覗く日光の明るさの下に影の正体が晒された。 「……!」 その瞬間、私は凍りついたかの様に目を見開き止まった。 ドッペルゲンガーにでも出合った人間の様に。 5フィート3インチほどの身体、襟巻き状の長い体毛、鷲鼻に藪睨みの目…… 奴は、奴は、奴は―― だがしかし……決定的に違うものがあった―― 奴の全身は硫黄色でなく、不相応な洋蘭淡紫色に染まっていた―― 奴は――、スリーパー……。 全国図鑑No.097 スリーパー 独名 HYPNO 特性 不眠 (※予知夢) 標準体高 1.6m 標準重量 75.6kg 進化過程:スリープ 主な生息地:木の実の森 11番道路 (進化前の野生のスリープは上記の場所以外に34、35、215番道路にも生息) 特徴的な鼻を持つ。首元に襟巻き状の長く白い体毛が有り、雌の方が毛足が長く毛並みが良い。 知能は高いが、どちらかというと狡猾という言葉が似合う比較的古い人型のポケモン。 脳の進化の過程で、生物の生存に必ずしも必要無いと言われている睡眠をしなくなった。 (※短時間でも、眠る事の出来る個体はその瞬間に予知夢を見ると言われている。) カントー地方では特殊な技などに頼らずに眠る事の出来るスリーパーの発見報告は無い。 胃を四つ所有し、草食性で木の実を好んで食すが、特殊な消化酵素を持ち、人間には消化できない夢を食糧として取ることが出来る。 獏が眠る事の出来た時代、人の眠りや夢がまだ深く濃かった時代、獏の超能力は今よりも強力であったと伝えられている。 スリーパーが子供や人を攫うと伝えられそう信じられているが、野生の個体よりもむしろ、金銭を目的とした誘拐などで悪意のある人間が彼らの能力を利用した事件例が多い。 関連図書 「スリープの食べのこし」「悪夢喰らい」 ―― Dr.オーキドの「携帯獣報告書」スリーパー報告書欄より一部抜粋 奴は色の異なる同種の出現に狼狽する私を満足そうな顔で見据える。 一般的なスリーパーの毛色は黄色で、私も例外ではない。 「携帯獣の遺伝子上には通常身体に出る色の他に、別の色素の染色体が存在し、その別色の形質が8192分の1の確率で発現するとは言うが……」 実際にその変異種を見たのは初めてであった。 その存在に私の横に佇むニャースも相当驚いている様子だ。 「あぁっ!あ、あいつテレビでしか見た事のない『寛永通宝』持っているニャ!」 ……驚くところが違うんではないのか、猫。 「紫か」 「良い色だろ?」 悪趣味だ……と思わず呟いたが、奴は大して気にしていない様子だ。 補色という言葉がある。 ある色から見て、虹色の端を繋げた色相環の対向位置にある色。 とどのつまりは、一番似ていない色同士ということだ。 黄色と紫は補色の関係……ふと、そんな事を思い出した。 「あんた……主人の行方を知っているだろ?」 「しゅじん?ああ、あの玩具だね」 「おもちゃぁ?」 「そうそう。玩具、お人形」 「人間の子供を連れた奴らが警報に引っかかったと連絡が来たからさぁ……周りの奴はさっさと始末しとけと…脳に伝えたのに……結局眠らせただけ」 話が良く噛み合わず首を傾げる私に、奴は構わずに語り続けた。 「あいつら甘いよ。罠を仕掛ける事も作る事も出来ない無能達ばかりだから、俺が仕掛ける羽目になるっていうのにさ……本当に使えない奴等だよねぇ?」 「……?」 「まあでも、良い玩具が手に入ったから別にいいけどさぁ、同種族には優しいし、俺」 解からないという表情の私に、奴は呆れ果てた様な手の仕草をすると、見ないと解からないかななどと言いつつ両手を合わせパンと一つ打った。 ふらり、ふらりと、もう一つの影が現れる。 ゆらゆらと、長い髪が、華奢な身体が、紅いスカートが揺れる。 今にも倒れそうな身体を支える足は行動力を奪うためか素足で。 見覚えのある幼い顔……その人間は――主人だった。 「ほぉら、コレのことだよねぇ?」 虚ろな目でしなだれかかる主人を抱きかかえる紫色のスリーパー。 まるで所有する事を誇示する様な奴の振る舞いが、妙に不快感を掻き立て、心の何かにギシギシ音を立てさせた。 「まだ解からないような顔をしているねぇ。侵入者がいたからとっ捕まえてたってとこだ。御主人様の忠実な下僕の真面目ちゃんだけどお利口さんではなさそうだね、ご同輩」 「少なくともあんたの様な狡猾さは無い」 「褒めても何も出ないよ。まあ最近はえげつないだとか、付いて行けないだのと同属から俺のやり方に不平が出てるから大変さ。俺に頭が上がらない癖にね」 目の前にいる獏への嫌悪感を可能な限り押し殺し、比較的冷静さを含んだ声を出した。 「縄張りの事は謝る。だが、その前に私の主人を返して頂こうか」 「散々荒らしたのに、戦利品を返せとは随分な言い草だね」 「役に立つものじゃないだろ人の子なんて、夢でも食うつもりか知らんが」 「夢ぇ?興味ないね。食料には不自由しない。なんたって木の実の森だもの」 そう言いのける奴の目に不穏な色の気配を感じた。 「……何のために?」 厭らしく含み笑いしながら奴は言った。 「なぁに、卵グループ人型なら答えは一つ。お人形遊びだよ」 それが、どういうニュアンスを含んでいるかは…… 寒気に似たものが、背筋を通り抜けていく。 「人間の子供っていいよ。 怯える姿は特に嗜虐心をそそるね」 理性ではない。 知識ではない。 本能がそう告げている。 この目の前にいる獏はアブない奴だと。 もちろん嗜好的な意味で。 携帯獣という生物は所謂ネオテニーとでもいうのだろうか、例外を除いて幼生の状態でも成熟している。 したがって、モンスターの結婚に年齢はあまり関係無い。……だがな、しかしだな。 その理屈をポケモンでもない人間に無理矢理に当て嵌め、年端もいかぬ娘に手を出して良い訳があるかっ!! みせーねんで、ついでにそっちはどーぶつだぞ、……色々とソフ倫に触れるぞ!! ずいぶんいい度胸ではないか。 「変質者め」 「もふもふの襟巻き、獣耳。チャーミングな目。 そんな俺を、変質者……だってぇ?」 同属が言うのもアレだが……鏡でも見たほうがよろしいかと思います。 「渡さぬという気なら、やむ終えない暴力行使…… ニャース?何処行った?」 「ぼくの事はお構い無く、暖かく見守っておくから」 後方の草陰から声がする。 いつもなら隠れてないで戦えやら高見の見物とは良い身分だなどと悪態をつく所だが、 爪が使えないなら、とてもではないが奴は戦える状況ではない。 勝算の無い事には手を出さない現金な猫だ。 「何かあったらいつでもぼくを呼んで。応援するニャ。」 「……気持ちだけは有難く受け取っておく」 「安心しろニャ、おまいが死んでも五十円玉は拾ってやるニャ」 骨を拾え、骨を……って何故私が負けると思う?失礼じゃないかっ!? 「ずいぶんとまぁ、情けないお友達だねぇ」 「……自分の手で殴らずには気が済まなかった所だ。調度が良い!」 殴りこんで行くには遠い距離だ。間合いを詰めるべく奴に向かって駆け出した。 接近戦。動念力は使えない。 どっちみちエスパータイプである奴に、エスパー技は効かない。 特性ゆえに催眠術も効かない……お互い様であるが。 「まったく、血の気の多い奴だねぇ――貴様は!」 奴は私が近づくのをつまらなそうに眺めると、主人をドンと乱暴に横に突き放した。 「主人っ!」 思わずそちらに気を取られ、紫のスリーパーから目を離した。 「毒ガス」 奴がぼそりと呟き、そちらに目を向けた瞬間、奴の口から何かが放たれた。 『ガス』よりは、エアロゾル(分散媒が気体で分散質が液体の状態)の『霧』が近いだろう。 そんな、紫色の毒霧が私の体を包み込むように覆った。 「……!」 「この森は食用の木の実以外にも毒のある植物も豊富でね、特別に調合した毒をイザという時のために口に仕込んであったのさぁ」 本能的に眼を庇った為、目には入らずに済んだ。 「ぐぅ……」 拡散した毒が体中の傷口に付着し染み込んだのか、皮膚に焼け爛れる様な痛みが走り、熱を持つ。 「流石に俺も仲間ではを試したことが無いから、同種族への毒の効きはよく解らない。……うん? でも、自画自賛で悪いけど相当な代物だと思うよ、この毒の凶悪さは。」 「うぅ…ぁぁ、あんたはムタかっ……!」 「元祖のザ・グレート・カブキと言って欲しいなぁ」 顔を歪ませ、 にぃっ。 と、獏が笑んだ。 *** 毒の状態では長期戦は不利だ。短時間で決着をつけねば……離れた奴の元へ走り出そうとすると、体中に激痛が走り、思うように動かない。 経皮毒というよりも傷口に作用する種類らしいそれは、ゴテーネーにも別の作用を発症させるものを、幾つも混ぜ込んでいるらしく、その中に運動神経と筋肉の接合部を狂わせて筋肉を弛緩させる毒でも含んでいるのだろう。 そんな状態でも、奴に近づこうと脂汗を流しながらも踏み出すが、紫のスリーパーはその様子を鼻で笑うと、ひょいと避けるように奴は後ろに下がった。 踏み出す。後ろに下がる。間合いは一向に縮まらない。 「…逃げ……るな」 「逃げてなんかないよ」 涼しい顔で奴は答える。 実際の所、距離は取るものの、本格的に逃げる素振りはみせない。 奴の庭も同然な罠だらけの獣道に逃げら込まれたら勝算が全く無いと考えるとすると、 この状況にはまだ、チャンスが転がっているのかもしれない。 逃げて毒の回る時間を稼ごうとそうしないあたり、悪漢なりに規律でもあるのだろうか? それとも……。底の知れぬ男だ。 奴との2mほどばかりの距離が遠く感じる。 「世の中には、酔狂な奴もいるのだな。あの間の抜けた娘を所望するとは……」 「俺が欲しいのは器。中身は興味無いね」 強がった言葉をさらりとかわす様な言葉の後、思いがけない事を奴は言った。 「あのさ、ひょっとして左足に古傷でも持ってたりする?尖った鋼の歯みたいなもので。……完治していても、無意識の内に引き摺るから必然的にそちらの足に俺の罠の怪我が多くなる」 ピクリと耳が反応し、奴の顔を見る。奴が知りもしない事だ。 「そもそも、勘の働きが異常に悪いんだ。だから引っかかる。エスパーの自覚なんて無いだろ? だからこそ、せっかく久々に冴えた自分の勘を軽視して危険を見逃したりするんだ」 「……なッ!」 観察するように奴が伺う。 自身の心墺の先を見抜くようなその眼に不愉快さを感じ、 視線の主を憎悪の篭った目で睨みつけると、奴は口角を上げて笑った。 「俺ってさ、人一倍勘がいいから解かっちゃうんだよね。そいつの力量とか昔の事とか、。何を考えているとか。エスパーって奴?」 「まあ、エスパーって一括りにしてもピンからキリまでいるんだけどね。それこそ、指も動かさず一瞬に世界を破滅させかねないくらいの奴から、鉛筆を転がすのが精々って位のまで、ね」 『鉛筆』のくだりの所で哀れむかの様な表情で私をちらりと見た。癪に障る。 「辛うじて動力系の念を飛ばすことが出来るらしいけれど、応用が利かない。特殊能力関係はてんで駄目だね。今は念動力も玉切れみたいで無理そうだけど。止めを刺すわけじゃないけど瞬時に振り子で眠らせる事も出来ない技量の稚拙さ。救えないよ。本当に催眠ポケモン?適性ないんじゃない?同種族として恥ずかしいよ」 奴は勝誇った様な顔でにやりと笑う。 「どうやら、俺は色違いで、頭もおよろしくて、ついでにエスパーとしてもパーフェクトらしい。残念だったね、『ぶいなしのてーこたいちのごみせーかく』君。貴様に勝てる見込みは無いよ」 その言葉に体中の血が沸騰し煮えたぎった所以か足が上がり、衝動的に奴に向かった。 振り下ろし殴り込みにかかったが、瓦割りの攻撃は紫のスリーパーを捕らえず、そのまま反動で無様に荒い砂利に叩き付けられ、無駄に身体の傷を広げる結果となった。 「自分で自分に攻撃しちゃってまぁ、お気の毒に」 「思ってもいない事を……!」 「攻撃するときは、常に真ん中だね。上にも下にも右にも左にも避けられないと踏んだ真ん中。それを絶妙なタイミングで放ったつもりなのに、それでもかわされちゃうあたり、ご同輩、本当に読みやすい脳味噌だね。怒るなよ。これでも褒めてるんだ、俺はね」 起き上がろうとするが、身体が重い。急激に動いたから毒が一段と回ったのか…… 「同種族で、この俺に勝てる奴なんていない。他種族だってさ。他種族と言えば、お仲間、無事じゃないかもね。俺が直々に洗脳して操った他種族の奴に……。眠らせた奴等がさっさ始末してくれたら煩雑じゃなかったんだけどね。洗脳しなくても割りと命令が通る同種族は別の利用価値があるから放っておいてるけど、もうそろそろ見せしめが必要なのかな?」 「……見せしめとは私の事か」 「人間からこの森を護る為に、バラバラな奴らを統一させてるのは……この俺だよ?同種族も他種族ももっと俺に感謝して欲しい位だよ。」 何とか立ち上がると、また距離を取った奴を睨んだ。 「あんたとち狂ってるよ」 「狂っているのはどっちかな?」 動き出して顔に拳を打ち込みたいのに、身体が言うことを利かない。 重い。 重い。 身体が重い。 「なんで弱いのに生きてるのかなあ?ご同輩。淘汰されるべき存在だろ?飼いポケだからかな? でも、あんたはご主人を守れない、守れやしない。あーあ、弱いって不憫だね、嫌だねぇ」 神経を逆撫でする様な物言いに、ぎりぎりと奥歯をを軋らせる。 「能力に伴わない位無駄にプライドが高いんだ 。それでいて虚勢を張るのは、凄く心が脆いからなんだ。 だから格下だと思っている娘とつるむ。誰にも必要とされないのが怖いのにその癖必要とする他者を小馬鹿にする。その僅かに生じた優越感で不安定な心の均衡を辛うじて保ってるのがありありと解かるよ。」 語り掛ける様な口調。だが、諭すわけでもなく。傷口を抉る様に。 「騙し騙し何とか取り繕っているその自己を粉砕したら、さぞかし愉快だろうねぇ!」 そう言葉を吐き出すと、毒々しい紫色の顔を歪めた。 「毒によって蝕まれていくのは身体だけじゃない、心もだ。そして脆くなった所を崩壊させる為。」 逃げなかったのは最初からそれを狙って待っていたのだろう。どこまで陰惨な男なのだ。 「貴様さぁ、本当は人間っていうものが嫌いだよね?」 どうして人間の味方をするのかな――と尋ねる様に首を傾け覗き込む。 私は無言でにらめ付けた眼に更に力を込める。 「嫌い?大嫌いだよねぇ!?」 「……私の心ですら読めるのか?」 「技量の在る獏は、心を覗くことができるのさ――」 一般的にスリーパーは催眠、精神的作用に関連した超能力が長けている。 心理学と夢診断を関連付けた学者がいたねと紫色の獏は言う。 ゆるりと片手を構え、振り子を両眼の中央の位置に持ってきた。 ゆっくり瞳を閉じ念を込め、見開くと眼と硬貨が光り輝き始める。 「催眠術か?私に催眠術など……効かな」 「解かってないなあ、ご同輩。暗示だよ。催眠術はかけるっていうより『催眠術にかかってるって自己暗示させるように誘導する術』みたいだよね。 」 『自己暗示』 己に暗示をかけることで身体の能力変化の状態を相手から鏡のように写し取る技。 本来ならば、肉体の有様を写し取る技。肉体と精神が密接に関連する事象なのならば、心の有様を写し取る事も可能かもしれない。……。そういう使い方もあるのか。 罠だ――奴の眼を見てはいけない。 そう思いながらも凝視した眼は瞬きすら出来ず、凍て付いたまま動かない。 奴の濃紫を帯びた眼は冷やかでその最奥は――暗闇の様だった。 前々から奇妙な笑い方だと思っていたが、 違和感を感じていたのだが、奴の笑いには。 そして、今、その理由を悟った。 眼だけが笑っていない。 本質的には笑ってないんだ。 目の前の紫のスリーパーは。 無表情に張り付く笑顔。 ポーカーフェイス。 森中を罠だらけにしてた張本人。 仲間ですら自身の近くに寄せ付けない男。 全てを物とでもしか認識しない獏。 誰も信じない、誰も信じようとしない様な―― そんな奴の瞳の中に自身の姿が映る。 「今でも自分より背の高い人間避けてるよね?」 「何をされた――?」 「罠にかかるよりももっと前だよ。」 「ずっと前、子供の頃位かな?」 「本当は……思い出したくも無いんだろ?」 「だから無意識に忘れ去ってしまった」 限界まで見開いた眼。 奴の瞳の中に自身の姿が映り、その中の瞳に奴が写り、さらにその眼の奥には―― 合せ鏡の様で気持ちが悪い。 「大人の人間に、とっ捕まって」 それ以上言うな!! 「散々虐待され、利用されて、心身共に蹂躙されて」 私の心を写すな。読むな。汚すな、思い出させるな!!! 「捨てられたんだ」 合わせ鏡の瞳の最奥に幼少時代の自分が映し出された。 その瞬間、障壁が崩壊した様に―― 脳裏の押し殺していたものが鮮明に甦ってきていた―― *** スリープ(ポケモン名) 独語表記 Traumato Traum――ドイツ語 [トラオム] 〔(単数の2格)Traum[e]s (複数の1・2・4格)Tr?ume(複数の3格)Tr?umen〕 (男性名詞) 【1】夢((英)dream) 【2】(願望としての)夢,あこがれ Trau・ma――ドイツ語 [トラオマ](中性名詞) 〔(単数の2格)‐s/(複数の1格)Traumenまたは‐ta〕 【1】(心理)精神的外傷,トラウマ 【2】(医学)外傷 獏は人為的に思い出させるか覚えさせる事でしか、殺傷能力のある夢の喰い方をしない。 それでも人間は獏を、スリープやスリーパーを忌み嫌う。 嫌われて無視されるだけなら、獏にとっては別にどうでも良かったのだ。 しかし――大企業の研究所が最強の超能力携帯獣を生み出したと発表したとある年。 天才的なエスパーの女の子の存在が話題になり始めていた事もあって、空前絶後のエスパー、超能力ブームが発生した。 猫も杓子も、超能力。超能力。 エスパーは最強属性。エスパーは強い。エスパー関連商品は儲かる―― 超能力の解析結果を応用した瞬時に移動出きる床のパネル等もこの時開発されたりと社会現象といっても過言では無かったそれはエスパータイプのポケモンの飼育の増加にも繋がった。 (今もケーシィがスロットゲームの景品であるのは当時のブームの名残りらしい。) ブームにあやかって、近年のR団ほどでは無いが悪質なブリーダーや捕獲屋が数多く出現した。 奴らの矛先は普段は人から見向きもされない種族にも飛び火した……。 幼なかった私は逃げ遅れ、捕まえに来た人間を苦々しく見上げた。 金のために大量に捕獲するなんて、子供心にそんな事は色々間違っていると思った。 義憤に駆られ、無駄だと解かっていても散々抵抗した。 そんな私は好戦的な生意気な性格にでも見えたのだろう。嬉々と捕らえられた。 だが実際は……。 期待されたからこそ余計に反感を買った。 真面目は『ごみせーかく』 しかも『てーこたいち』の『ぶいなし』 その当時、意味は解からなかったが、舌打ちして、強引に腕を掴み引き摺った苛立ちの感情を感じるその手の冷たさに、これからの自分の境遇を悟った。 今思えば、愛想が良ければほんの少しは対応が違ったのかもしれない。 でも正しくない事に迎合出来ない性格だから。 媚びへつらって後で舌をだす様な生き方が出来ない性格だから。 余計に目を付けられて、馬鹿を見て……。 ……。 そんな数ヶ月の生活が過ぎた後、研究所で謎の爆発事故が発生しその責任者Dr.フジの失踪によって、 急速にブームが去ると大量のポケモンが破棄され、売れ残った私は捨てられた。 ――精神的外傷。 まともに一人で人間の大勢いる所を歩けないのは後遺症。 人の文字を覚え始めたのは、鈍才ながらも知識を蓄え始めたのは、 知識欲からではなく、防衛本能。人間が怖かったから。 人間なんて嫌いだ。 人間なんて嫌いだ。 人間なんて嫌いだ。 人間なんて嫌いだ。 人間なんて嫌いだ。 でも、弱くて惨めな自分はもっと――大嫌いだ。 好意的な目を向けられる種族になりたかった。 頭が賢い存在になりたかった。 心穏やかな性格に産まれたかった。 生まれ持った能力が高いものでありたかった。 誰でもいいから自己を肯定して欲しかった。 そう渇望するのに――何で、自分なんかに生まれてきたのだろうか? 嫌悪感。劣等感。疎外感。 鮮明なフラッシュバックは混乱を増長させ、憤怒で上昇した攻撃力を己に向かわせ、傷を負わせる。 毒で衰弱し焦点が合わない、乱れた呼吸の息苦しさ、重力でかかる己の重さに耐え切れず地面に膝を付る。 「――俺なら貴様の存在をを認めるぜ?」 ふいに、先ほどまでとは異なった物静かなトーンの声が囁いた。 「世の中を、怨んでも怨みきれぬこの世の全てを憎む負に向かう力、そんな素質があるんだ、貴様は。相反してるのに俺と同じもの持っているんだ」 黄と紫。 補色――対立の色。 しかしそれは、色を凝視した後、目を移動させた時に残像 として現れる色でもある―― 「手を組まないか?ご同輩」 私は驚いた表情を作ることすら出来ず、無表情のままなのだろう。奴は畳み掛けるように続ける。 「俺ほどじゃないが良い線いくと思うよ?悪いようにはしない。同種族には優しいんだ、俺。」 奇妙なほど優しげな言葉は、過負荷に耐えられず崩壊しかけた心を毒の様に汚染する。 「否定した人間達に似付き従うなんて不健全で正しくないよねぇ?ついて来いよ。俺は仲間だ」 自我を押し潰され、木偶人形の様に、奴に促せられたままに応じかけたその時、 何かが――心の澱みを掻き分けて、混沌に迷い込んだ精神を、そっとすくい上げた。 「……」 「なんだって?」 「……りだ」 「聞こえないよ?」 キッと顔を上げ、奴を睨みつけ、喉奥から搾り出す様に叫んだ。 「――あんたに従うなんてお断りだって言ってるんだぁッ!!」 絶望の淵で浮かんだのはふわりと笑った主人の顔。 人間なんて嫌いだ。 自分なんて嫌いだ。 でも―― そんな私を主人は助けてくれた。 そんな私を主人は慕ってくれた。 そんな自分を彼女だけは必要としてくれた。 「たしかに、人は嫌いだ。奴等に追従するするなんて事は今でも考えていない。だが……」 ――自身に好意を向けてくれる者を、 「国宝級の阿呆を、『スリーパー』を可愛いとか言うへたな珍獣よりレアな馬鹿人間を」 ――大事におもってくれた者を、 「そんなレッドデータブックも真っ青な主人を――私が保護して守ってやらねば誰が守る!?」 ――無下にするほど獏は落ちぶれていない。 「あんたには残念だが、少し利口になるまで付いてやらねばならぬのでな……」 「……!! 正気に戻ったのか……!」 一瞬奴が驚いた様な気がしたが、元の顔に戻り、腕を組み直し思考を巡らす。 「折れないなあ、貴様は……!弱いはずなのに、脆いはずなのに…何故……」 焦りか、苛立ちからなのかは解らぬが、指で古い硬貨をしきりに弄っている。その動きが止まった。 「そこまで人に執着するなんて……ひょっとしてあの娘に惚れてる?そんな事、考えすらなかったよ。変態だと?その言葉そのまま貴様に返すぜ」 こちらの斜め上を行く考えの持ち主は一人で合点、納得しげらげらと笑い転げている。 限界に近い自分は、膝をついた姿勢のまま、おぼろげに奴を眺めることしか出来ない。 「私が思っているものそういう感情ではない……」 「人は変わる。今は必要としているが、そうじゃなくなる日が来るんだ。内心怖いんじゃないかな?貴様が嫌いな大人の人間になってしまう。それでも、ご同輩は彼女の肩を持つつもりなのかなぁ?」 「ああ、そうだ……」 「……そろそろ毒が内蔵に入るよ。何ならさ、俺に命乞いをして従うっていうのなら、さ。少しはあの娘をどうこうする権利を譲ってもいいんだぜ?」 「……断る」 奴はにやにやと笑っていたが、私の意志が揺がぬ事を悟ると奴の顔の笑みが段々薄くなり、消えた。 「……貴様は可愛がられているんだなぁ」 「……。」 「……不愉快だよ」 「心底……貴様の様な存在を見ていると腹立たしいんだ。憎いんだ。」 奴がゆっくりと近づいてくる。 「どうして、何故…貴様より、価値も、強さも、頭脳も、何もかもが勝る俺は……誰にも……」 憎悪の篭った声に先ほどまでの抑揚は無い。 「毒殺は怨恨には向かない。実感が無いから。だから俺が直々に、この手で葬ってやる」 胸倉の毛を掴み強引に立たせると、ゆっくりと手を掛けた。意識が遠くなりそうだ。 「なあ、ご同輩。貴様を嬲り殺して、あの子を、あの娘の心を狂わせてしまおうかな」 奴が顔を近づけ囁いた瞬間――心の中で何かが爆発し、途絶えかけた意識に発破をかけて浮上する。 それに共鳴するかの様に運動をつかさどる神経が動いた。 その爆発力は自分でも驚くほどの攻撃力へと変換し奴へと向かった。 衝撃。 「――な゙っ…!!何故だっ――!? 」 想定しなかった攻撃に思わず私を突き飛ばし、飛び退いて両手で顎と口を押さえる紫のスリーパー。 白眼を剥き聞き取れぬ悪口雑言を叫んでいるからか、手の隙間から赤い液体が溢れそれに混じり―― 咄嗟に繰り出したのは頭突きであった。 人の場合、レスリング等の例外を除いて格闘技においてはほとんどは禁止されている技。 ルール無用の喧嘩では、頭突きは接近戦の武器として重要とされている ……額って結構な凶器になるんだったな。 突き飛ばされ尻餅をついたが、ずるりと起き上がった。 毒に支配されていた身体がやけに軽く感じる。 限界を超えると痛みを感じなくなると言うがその状態なのだろうか。 「何故だっ!? なぜ……、何故、貴様は立てるっ? 立っていられる!?」 そのまま前に踏み出す。足取りは驚くほどしっかりしていた。 奴は信じられぬと目を見開く。その下の首元の毛が逆立っていくのが解かった。 「――っは!馬鹿がっ!!もう一度毒でも浴びるか?」 そう言い行動しかけたが、奴はハッとしてそれを止める。 口内に怪我がある状態で毒を口に含む事は自殺行為だ。 隠し持っていた持っていた毒袋を叩き付けると私を睨み付けた。 「畜生っ!!」 形成逆転。策士策に溺れて何とやら……。 分が悪いと判断した紫の獏は舌打ちすると踵を返し、罠の眠る木草茂る獣道に向かって駆け出した。 状況が一変した事を悟り撤退するあたり、本当に賢いのだろう。 このまま逃がすと形勢を立て直し奇襲を仕掛けてくるに違いない、叩くなら今だろう。 「逃げるつもりだな。そうはさせるかっ!!」 直ちに後を追うが、リードにより奴が茂みに入るまでに縮まりそうにない。 距離。 遠距離攻撃があれば……奴を足止め可能だ。 超能力は……今は無理だ。 飛び道具。 ……。 ……在る。 一つだけ……方法が在る。 男だったら―― 一つに賭ける!! 勢い付けて、指に巻き付けていた振り子を振りかざし投げる。 硬貨は物理法則に従い、放物線を描き紫色の獏の頭上を通り越す。 「……? 馬鹿め、何処に投げている?」 さっと木陰から黒い影が勢いよく振り子に向かって飛び出した。 「ニャース、受け取って投げろ!!」 爪を使わないその技なら使えるだろう、猫! 猫は空中でコインを掴むと、くるりと回転し、 身体中のバネが生み出す全てを、力に換え放加速度に相乗させ放った。 猫と物理学。シュレーディンガーの猫(量子だから関係無いけど) ものの見事な、猫に小判。投げ銭であった。 銭形平次張りの強打。 そんな攻撃を不意に顔面に受け、逃走に神経を集中していた奴は、体制を崩し倒れた。 紫のスリーパーが眉間を擦りながら目を開けた時には、私は既に指の関節をを鳴らし奴の眼前に居た。 「……ひいっ!」 「いくら私が鈍才と言えど、伊達にバッチ7つ持ちトレーナーの手持ちモンスターに入っていない。……喧嘩を売るならきちんと相手を選ぶべきだったな……!」 怯えた奴の目に己の姿が映る。 憤怒とも歓喜ともいえぬ表情で、 にぃっ。 と、瞳の中の獏が笑んだ。 ――暗転。 不眠故に、意識を失った事はないが、その時の事は全く覚えていない。 猫に止められて、ふと、我に返った時には奴は虫の息。 一応原型は留めているらしいが……細かい奴の描写をするのは遠慮しておく。 「結構えげつにゃい事になってるけど、息はあるからたぶん大丈夫ニャ!」 ニャースは紫のスリーパーを興味深げに覗き込んでいる。 「あんだけ『威張』ってコケにしたら、誰だって極限まで攻撃力が上がるだろうにニャ」 奴の顔を見ると怒りで追撃しそうになるので、 端の丈の長い草のほうに奴を二放り投げ、一呼吸をすると主人の方へ足を運んだ。 「それにしても、奇跡的に毒から解放されなければ危なかったな」 「……奇跡にゃんてしょっちゅう起こってたまるかいにゃ」 「何?」 「腹ごしらえの柔らかくて、あまーい木の実の効用はにゃんだったかニャ?」 「……あ」 「本来毒を受けたときに直ちに噛み砕いて解毒の効力を発揮する代物だから、効きが遅かったのニャ」 「おまえって奴はその事知ってて何も……!」 「にゃ?覚えていニャかった?まぁ、おまいが完全に忘れてたから、あいつは予測できなかったのニャ。おまいに気を取られている隙に戦力外と奴に判断されたぼくは程よいところに待機したという訳で、都合よく飛び出すことが出来たのニャ。敵を騙すにはまず味方から。結果はおーらいなのニャ」 屈託の無いニャースのチェシャ猫スマイルを見ると、何か肩の力が抜けた。 主人の元へ着くと、人の苦労も知らず彼女は無邪気な寝息を立てて眠っている。 突き飛ばされはしたが、眠っていて体に変に力が入っていなかったため、たいした怪我はない様だ。 流石に彼女を担いで来た道を帰れるほど気力は残っていない。 「腑に落ちないが……まあ、いい。恩に着るぞ、ニャース。恩ついでにもう一つ、例のフラッシュを頼む。奴が統治して遠隔操作されていた奴らも正気に戻ってるだろうからリーダー達もその内来るだろう」 「散々人任せだとか文句言ってたくせに、猫使いの荒い奴ニャ」 ニャースは澄ました顔をいたが、素直に額の小判は時折光らせていた。 「紫のスリーパーかぁ……」 不意にニャースがポツリと呟く。 「きっと産まれてすぐから色違いだから人間に追っかけられちゃって、仲間から疎まれて、夢中で生きていたら森一つ動かすほど権力持って……おかしな方向にいっちゃたのニャ。確かに頭は良いし、個体としても突然変異的に強いから皆黙って付いていくニャ。でも仲間ですら道具扱いする奴に人望、いや、ポケ望があるはずが無いのニャー」 「……」 「寂しいから、お人形遊び。人形は裏切らないし、愛でるも壊すも己の自由ニャ。そりゃ本人はいい気なものニャ。でもさ、結局はひとり遊びニャ。……にゃんだか可哀想にゃ。奴の住処からオレンの実でも探して、口の中に詰めとくニャ」 お優しい猫で。私なら小石を詰めている。猫の爪、いや詰めが甘い所は案外長所なのかもしれない。 (しっかり寛永通宝を回収しているのはあんまり褒められたものではないが。) 紫の奴も少しは懲りて、この森も穏やかになると望ましいのであるが。 そんな木陰に行く猫を見送った後、彼女の隣に、背を後ろにむけ腰を下ろした。 *** 膝を抱え仰ぎ見た木の葉の間から微かにだけ覗く空は、紅玉色に変化しつつあった。 背中越しに彼女の寝息が聞こえてくる。本当に無用心な人間……。 私も奴と対して変らないと木の実の森のスリーパーは言っていた。 人は自分の中の見たくもない部分を人に見た時、そうなるのが一番怖い部分を見た時、逆上する。 それを同属嫌悪であると人は言う。 主人に執着するのは努力しなくても優位に立てる相手が欲しいという欲求の表れ、独占欲だと。 否。 断じて、そんなものでは無い。 彼女に抱いている感情はもっと別格の代物だ。 そんなものであって堪るか。 溜息混じりに普段は言わぬ彼女の名前を呟く。 「ぅん……」 眠たそうな声が漏れる。やっと起きたか……駄目主人め。身体を捻り彼女のほうへ目を向ける。 彼女はまだ視界がぼんやりしているらしく、しょぼくれた目を擦り暫くこちらを眺めた後、微笑んだ。 「きいろいいろ……スリーパーだね?……おはよ」 そのいつもと変わらない少女の笑顔で出本当に無事だと悟った途端、私は安堵で無意識に主人を抱き締めていた。 草木の匂いや汗のにおいに混じり微かに残る石鹸の香りがする。 首の周りの襟巻き状の長い体毛が顔に押し付けられたのか、くすぐったいよ、と少女は笑って不思議そうな声でどうしたのなどと顔を覗き込み問う。 はっと我に似返って慌ててぱっと手を離し離れる。 自身の行動に動揺を隠せない私は、照れ隠しに彼女の落とした帽子を押し付けるように返す。 背を背け座りなおし、不埒さに頭を抱え込んでいると、不意に彼女に抱きしめられた。 「わたしががぎゅってする事があっても、スリーパーがぎゅってするの初めてだね」 戦闘や罠による出血や泥だらけの身体で、彼女の服が汚れるというのに寝惚け眼のせいで見えていないのだろう。 怪我だらけの姿に気付かれて心配されるのも困るから丁度良いのかもしれないが。 「昔見たお父さんがいる夢見ちゃってた。あったかくて、やさしくて。んー、でも……顔を見る前に目がさめちゃった。……でも、いーんだ。前に言った夢のこと覚えてくれてたんだね。ありがとうね、スリーパー……」 「……。」 食べた事すらない夢をどうやって見せたと言うのだと、悪態を付こうかと思ったが気が咎め止めた。 華奢で柔らかな腕の感触、体温に何故か安心感を覚えるのは何故だろう。 私は人間に劣情を懐く変態でもない。(ましてやロリコンでもない) ただ主人……私はあんたを純粋に……好きなんだ。 あんたが賢くなるまで護ってやる。 あんたが強くなるまで護ってやる。 あんたが大人になるのを見守ってやる。 それまでは私が護ってやる、保護者、父親代わりになってやる。 あんたを傷付ける奴を私は許さない。それが例え……私であるとしても……だ。 「おーい、すりーぱーぁ!!」 「マヨちゃん無事、発見ニャー!!、あの男の樹の洞のとこで寝てたニャ!!」 ニャースが駆け寄り口早に報告した。騒動が解決の糸口になるとは何とも皮肉である。 「その子供もさらわれていたのか……て、ちょっと待て、常識的に考えて青田買い過ぎるだろ!あんな奴は断じてスリーパーと認めない……ロリーパーだな。」 「……で、そういう事言うおまいは何でまた主人とイイコトしてるかにゃあ?」 猫は目を細めこちらを見ている。それに気付き抱きしめられたままの自分の状況を理解した。 「……うわぁっ!!違う違う、断じて違う!!誤解だ!奴と一緒にするなっ!!」 「何急にムキになってるニャ?」 「おい、主人っ! いい加減に離れろっ!!」 しかし返事が無く、ことりと眠り直してしまっていたらしい。 「……ギャぅ!!」 「ニャースの兄貴ドコっスかぁ……」 「にゃ?あれはリーダー達の声じゃないかニャ?おーい!こっちにゃぁ!!」 「こら、猫っ!こんな状態の時に仲間を呼ぶんじゃない!!」 *** この後、その私の姿を見たマヨに大泣きされたり、ニャースが五十円玉を返してくれなかったり、帰り道が解からなくなって皆で立ち往生したりと、帰り着いた時には日も暮れ、夜になっていた。 ポケモンセンターで手当てを受けた後(しばらくはバトルするなと猫共々厳重注意受けたが……) 主人に眠っていた空白の時間のレポートの代筆を頼まれたが、子供を救出とだけ書いた。 後は知らなくていい事だ。本当の報告書は胸の内にしまっておこう。 レポート用紙を主人に渡すと、礼を言う彼女に夜風にあたると言ってセンターの休憩室を出た。 主人――夢見がちで現実に足が付いていない。 私を呆れさせ、困らせるだけの存在、馬鹿なお子様。 だが――守ってあげたい。 そう思う唯一無二の存在。 実の所、あんたを必要としているは私かもしれない。 あんたのためならば、私は強くなれる。 彼女に出会ったとき、彼女と一緒なら、不眠の獏にも夢が見れるのではないかと感じたのだ。 ふと見上げた島国の空は星で綺麗で、その直感を今夜は信じる事が出来る様な気がした。 (END) |