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【 魔王ルート4[最終通告] 】



あの夜の嵐の様な告白。
その日を境にリンドヴルム魔王は部屋に訪れるようになった。
雲隠れしてしまう以前の様に……それかもう少し多い頻度で。
彼の中で何かが吹っ切れたのかもしれない。

今は昼。
厳かな雰囲気で佇む年代物の柱時計が秒針で静かに時を告げている。
新たに用意された魔法のランプが明るく陽光の様に灯る。
窓は無くとも柔らかな光を感じる。

現在この部屋に魔王の側近と道化の猫が訪れている。
私は椅子に座り側近と向かい合っている。私の横で猫獣人が椅子にもたれ掛かってこちらを眺めている。

「宜しいでしょうか姫様、私が声掛けするのと同時に私と同じようにご自身も右手を動かして下さい」
「はい」
「では参りましょうか、ぐー、ぱー」
「えぇと……ぐう、ぱー」
「良うございます。ではもう一度」
「ぐぅー、ぱー」
「なんだかティトがちーちーぱっぱと鳴く鳥に見えてきたよ、僕」
「治療の経過確認なので、貴方は茶化さずそこで黙ってなさいキットンさん」
「はーい」

「でも真面目にしてるのがかえって面白いんだけどね。……ふふっ」
「では次に指を暫く自由に動かして頂けますか」
「こんな感じですか?」
「はい、結構でございます。可動域も十分みたいですね、筆を持つときに違和感はありませんか?」
「ええ」
「それは良い兆候ですね、喜ばしい事です」
「良かったです……」
「外観や基本的な動作の部分は殆ど完治してそうですね」

「そういえばさー」
笑うことにも静かに座る事にも飽きたらしいキティが、身を乗り出して私たちに尋ねた。

「ティトの傷が治ったら元の場所に返すっていう話なんだよね?」
「ええ、側近さんがリンドヴルム魔王に働きかけて下さると、たしか……」
「へえー」
「……」
「ん? なんなの側近、そのあからさまな沈黙は」
「……」
「この人の『善処する』って言葉はあてにしちゃあ駄目だかぁらねっ! ねぇ、側近! テキトーな事言ってうやむやにするつもりだったんでしょー?」
「……いいえ。私自身は今でもこの現状は好ましくなく、相応しいものでは無いと思っております」
「そうなの? でもさ魔王はこの部屋を見れば解るとおり、ティトをお家に返す気全く無いみたいだけどねー」

「いつの間にか高そうな家具新調してるし」
「新調されておりました」
「瘴気を取り除く魔具も今はいいもの使ってるっぽいし」
「使っていますね」
「あと異国のご飯取り寄せてるし、しかもたまに側近のデリバリーで」
「命ずられた事ですからね」
「言ってみれば極寒の地を小鳥を飼育するための温室に無理矢理作り替えましたーってなもんだよ、ここ」
キットンは珍しく神妙な顔をしている。

「最低限だけでも一体いくらかかってるんだか。帳簿を預かっているあんたは知ってんだろうけど」
「私の管理範囲は把握していますが、贈物については……。魔王様に予算について苦言はしたのですが、勝手に歴代魔王のコレクションの宝物を売り払う打算を立てたようで。維持費用にご自身の私財を投じると言われたら、私からは何も言えなくなります……あまり目立った行動をなさらないで欲しいのですが」
「……うわ。どんびきー。色々本気じゃん、魔王」
「ご自身の宝物には手を付けるつもりは今の所無いようですが」
「お値段的にもそっちのほうがいーんじゃないの? あの竜ゴミも取って置いといちゃうタイプだし、割れた彫刻とか絵とか」

「あ、噂をすれば影」
猫がいち早く反応したかと思うと、鍵音と開く音がして、彼らが噂をしていた黒竜が姿を現した。
「魔王様…!? この時間帯にも此処に顔出しされているのですか!?」

「リンドヴルム、今日も私に会いに来てくれたのですね」
「嗚呼。待っておったか、ティト。汝への土産が届いたので気早に持ってきた」

狼狽する仮面の男を気にする事なくリンドヴルム魔王は堅牢で大きな黒箱を床に下ろした。
彼は大抵贈物を持ってくる時この箱に入れて持ってくるのだった。

黒い箱を開けると中には木目模様の小さな艶のある木箱が入っていた。雑貨のようだ。
私は魔王に促されるままその木箱をテーブルに置き、その箱の蓋を開ける。

目の前に鏡が現れ、白粉の柔らかな匂いや淡い香水の匂いが心地よく鼻をついた。

横から側近と猫が覗き込んだ。
「成程、メイクボックスでございましょうか。小振りながらも花鳥の透かし彫りの技巧が巧みな一品で。……また一段と大層高価そうな骨董品でございますね」
「側近がなんかいつも以上に棒読みみたいな言葉になってるし。ちょっと怖いんだけど」
「一通りの道具は揃えさせておるが。汝の興味ないものならばそれはそれで構わぬ。喜ぶものが我には解らぬからな」
魔王は棒立ちの彼らを気にすること無く私に語りかけた。
「リンドヴルム……」
眼前の上機嫌に近い魔王と困惑しているらしい側近とキティの差に、私は少し戸惑いを覚えた。
「汝が喜ぶなら、それは我の喜びでもある」

「魔王様、宜しいでしょうか」
さっきまで呆気にとられていた側近がリンドヴルムに言い寄った。
「何用か?」
「僭越ながらご魔王様に進言させて頂きとうございます」
彼は言いよどんだ後、決然とした口調で訴えた。 

「フォレストソイル第八王女、ティト・ブルー姫を開放して下さい。今すぐにでも」

「……ほう?」
リンドヴルムは先程見せた安穏な表情を解き、酷く険しい眼差しで側近を見遣った。
「各国に土国王女誘拐事件の最終通告の知らせが届いています」
「……」
私は息を飲み、側近の言葉に耳を傾ける。
「本格的な捜査が始まる様です。王女に関する情報を隠蔽した者や国には罰則を科すとまで」
「汝は我にティトを放り捨てろと申すのか」
「幸いにも懸念していた手の怪我は完治しました。これ以上彼女をこの場所に留める事は大陸の緊張を悪戯に高める事となります。この国、ひいては各国家にとって大変危険でございます」
「……」
「民草や国が踏み荒らされ血を見る事を思うと、現状は憂慮に堪えません」
側近の真剣な物言いに、重々しい空気が辺りに伸し掛った。

「ねー? お取り込み中の中悪いけどさー」

その雰囲気を払拭するような間延びした高い声が猫から発せられた。
皆の視線が彼に向かう。

「ティト――お姫様はどう感じてどう思っているの?」
視線の向きを移し替える様に、キットン・ソックスが上目遣いで私に問いかけた。

「僕らにおしえて?」



   ①現状のままではいけない
   ②何も考えられない



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【 現状のままではいけない 】


夜に一人部屋で静かに色々と考えた。

土国フォレストソイルの事。国王――父上や、母上や兄や姉達の事。地母神の寺院の事。
富国ホーグランド国王との婚約の事、そしてそれは嘘であった事。
魔国リンドレクの事、キットン・ソックスや側近の事。
そして。
リンドヴルム魔王の事。

魔王は、リンドヴルムは私を好きだと言った。
此処にいてほしいと言ってくれた。
私を……求めてくれた。

「私は」

けれど私は国に帰らねばならない。

「帰らねばならないと思います」

その言葉を聞き、私を見るリンドヴルムの顔は瞬く間に眉間に皺を寄せる。

「――何故だ?」
魔王が重々しく絞り出すような声で恨めしげに問うた。
「何故、何故汝は、帰りたいなどと言う? 汝の為に必要な物は揃えた。汝に纏まりつく因習や悪意の在る者から遠ざけた。
何が不満である?」
どこか拗ねたような物言いにも感じる。

耳を塞いではならぬ、思考を停止させてはいけぬ、停滞しては駄目だと内の声が聞こえたのだ。
薄氷の上に佇むんでいたら、遠くない将来駄目になってしまう様な気がする。

「私は――フォレストソイルの姫の勤めとして事態を集約しないといけないと思うのです。今ならまだきっと間に合います」
「弱き汝に何が出来る? 汝が戻る事で何かが変わるとでもいうのか? ……上手くやって有耶無耶に何も無かったと取り繕う事は出来ようか。だが其れまでの事であろう?」

「汝の偽りの婚約は国間の底知れぬ薄暗い取引だ。何もない事になれば汝は予定通り、祖国にも留まれずあの醜悪な富国に行く」
「……でも」
「国の生贄として、搾取を受け入れるつもりか、ティト?」

私は無言でいる。好んで理不尽を飲み込みたいという訳で決してない……けれども。
「沈黙するか。そうであろうな自ら戻る道理も無い。あの男は間違いなく飽きるまで汝を無力な小鳥か……愛玩人形のように扱うだろうからな」

「……私は小鳥でもお人形ではありませんよ」
「解っておる、だからこそ我は汝に惚れたのだ。そんな汝だからこそ我は丁重に保護し……」
「リンドヴルム……私には貴方の振る舞いは、ここに留めておこうとする貴方は何だか、ホーグランド国王と同じ様に見えます」
「なっ――!?」


 * * *


「あーあ。魔王ったら正論で図星なもんだから出て行っちゃった。かっこわるーい」
「言い過ぎてしまったのかしら」
「気にしなくていいよ、魔王が大人気ないだけだから」
「私の代わりに仰って下さり有難うございます」
「……リンドヴルム」




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【 何も考えられない 】


自身の行く末についてふと考えた事はあった。けれどそれは考えれば考えるほど恐ろしい事だった。
私は何かを言いかけたが、適当な言葉を思いつかず、言いよどみ俯く。
「どうしたのティト、自分の言葉にするのが怖い? それとも何も考えられない?」
私は控えめに頷く。

「そっかぁ」
猫はため息をつくと、やれやれと言うように両手を肩横でひらひらさせた。

「お姫様が最後に心に決めたままに過ごしたのはいつなんだろうね」

「元々ティトの偽の婚約は国間の薄暗い取引だ。返した所で予定通り、あの醜悪な富国の王の元に行くであろう」
魔王が言葉を紡ぐと、猫が相槌を打つ。
「不幸になる事知っててやすやす戻るワケにはいかないもんね。花嫁修業から逃げたんだーとかなんとか周りから思われちゃって肩身の狭い思いをするだろうし」

「あと側近の言い出した事だもの、国に帰れるにしても平和のために懸念を極力排除するとかで、魔法道具や薬で記憶や思考をグチャグチャにされちゃったりとかで無事な状態で帰れる保証もないし」
「……えっ!? そうなのですか、側近さん?」
「……」
「あのさ側近? 僕の軽口にだんまりだとなんか本当に思ってたみたいで怖いんだけど」
「……」
「まあいいや」
キットン・ソックスは大きく伸びをした。

「女の子一人幸せにできない国なんて、そうたいそうなものかなー? 僕にはわからないや」
「――そういう事だ。汝の意見には我も賛同できぬ」
「……残念ではありますが、承知いたしました。この件に関して私はもう何も申しません」
側近は気を取り直すと呆気無く引き下がった。
「言い負かされる側近、かっこわるーい」

「此処に居れば汝は安全だ。汝に必要なものは取り寄せよう。服も食事も娯楽も家具も雑貨も」
魔王の淡い瞳は小さき者への慈愛に満ちた色を帯びて私を見下ろした。
「我が勝手に閉じ込めておるのだから汝は何も案ずることはない」




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