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【 選択1[情報が欲しい]】



あの日以来ずっとこの部屋で過ごしている。
壁には幾重に貼り付けられた布織りの装飾。
無造作に配置された水晶と宝石。
香の匂い。

部屋と通路を繋ぐ扉は固く鍵で閉ざされてしまっている。
天井に高さがあるため思いのほか部屋の中が広く感じるのが救いだ。

猫のキットン・ソックス――キティは、私の身の回りの掃除や世話を行い、彼の暇な時には話し相手になってくれる。

魔王の側近らしき人は、時折医者を連れてきて、薬で私を眠らせてから治療をする。
眠りから覚めた後はいつも部屋に誰もおらず、どのような治療をしているのか全く解らない。

「……」

魔王のリンドヴルム――あの黒い竜とは、あの夜以来会っていない。
あの姿を思い出すだけで身体の痛みを思い出し身体が震えてしまう。
眠りに意識を沈める時でさえ蠢く足音が聞こえてくるようだ。

事件や今の私の事や周囲の状況について彼らは進んでは話してくれない。
まるで何事も無かったとでも言うように振舞っているようにも見える。
今の私の持つ情報や真実はあまりにも少ない。

……きちんと彼らと向き合って、話を聴いてみたほうが良いのかもしれない。


   ①魔王に尋ねる
   ②猫に尋ねる
   ③側近に尋ねる



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【 魔王に尋ねる 】

魔王リンドヴルム……彼が凶行およんだのは紛れもない事実だ。
しかし彼が命を落としかけた私に霊薬を与えてくれたのも恐らく事実だ。
彼が何を考えているのか解らない。解らないから怖い。

……けれども。
一番真実を知っているのは彼だろう。
そう、彼に問おう。

「ねえ、キティ……お願いがあるのだけど」
「なあに?」
「あのね……」


 * * *


「大丈夫ですか、顔色が非常に悪いのですが……日を改めましょうか?」
「だ、大丈夫です……たぶん」
「僕たち部屋の端っこに控えているから、側近はともかく僕はティトが魔王に虐められたり、おかしな事されそうになったら助けるから、ね?」
「キットンさんっ! そんな誤解を招くような事を!」
「誤解も何も……ねー?」
「しッ、来られます」

引きずる音が聞こえ、鍵の音、戸の開く音と共に黒龍が部屋に現れた。
彼は部屋全体を一瞥した後、私を見下ろした。

「……」
「この我に何を問う?」
「私は貴方の事が知りたいです」

「……我は魔王リンドヴルム。この世のあらゆるものの影」
魔王は簡潔に言葉で紡いだ。
「我は60年間、この魔国リンドレク国の玉座に座る」
重く低い声。
「空を舞う羽は無く、歩むための足も無く、瘴気漂うこの地を這うだけの醜き竜」
ただそれだけで重圧を感じるようだ。

「国の貴族共は我を愚かな理想主義者の王と嘲り笑うが、それも……もう……過去の事」
魔王は私の治療して保護をしている右手を見た。

リンドヴルムの淡い紫の眼が揺れる。
おびえたような、そんな色のこもった瞳。
ただそれは一瞬の事で、彼の表情はまた良く解らなくなった。

「何故貴方は……私に酷い事をしたのですか?」
沈黙。
「……何故私を助けたのですか?」
彼は答えない。
「……何故私をここに閉じ込めようとするのですか?」
「我が」

「全ての元凶は我が望んだから故……それ以上の事は、汝は何も知らなくて良い」

「ティト」

突如魔王に名を呼ばれて驚き、身体を硬直させる。
機嫌を損ねてしまったのではないかと怯え見上げたが、彼は此方を見ているだけであった。
「安心しろ。我はもう二度と汝を傷つけぬし、誰からも傷つけさせぬ」
「……」
「だから……此処にいろ」

魔王リンドヴルムはすぐに、この場を去ってしまい、これ以上の事は彼から聞けなかった。
猫と側近の方が互いに顔を見合わせてから、私の方を向き申し訳なさそうな顔をしただけだった。


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【 猫に尋ねる 】

猫のキットン・ソックスに尋ねよう。
彼はここに来たばかりの私に友好的に接してくれて、優しくて話しやすい。


 * * *


「ねえ、キティ、私がここに連れて来られた時の状況、何か知らないかしら?」
「事件のこと……? 正直そのへんって僕知らないんだよね。魔王や側近なら色々知っていたと思うよ? ざんねんっ!」
「ごめんなさいね、おかしな事を聞いてしまって」
「他に僕に解ることなら聞くよー?」

他に尋ねる事を考え込みながら、キティの方を見る。
上目使いで見つめ返してくる彼の姿は猫が人を模している様な不思議な身体だ。

ふと疑問に感じた事を聞いてみた。

「この国には、人間以外のヒトは多いのかしら?」
「人以外のヒト? うん、結構いるよ、というか、ごくフツーの人間よりはるかに多いくらいだね。魔王みたいな竜もそうだし、コボルドとかリザードマンとかミノタウロスとか。ワーウルフとかのライカンスロープもいるね、骨の民も一応これらの中に入るのかな? 意志の疎通の難しいのも入れるともっといるよ!」

「あなたのような猫の仲間もいっぱいいるの? 両親とか兄弟とか」
「ねこじゅーじんの事?」
「ええ」
「うーん、少ないかな? 同種族の知り合いいないし。さっき言った種族とはちょっと違って猫の国がルーツなんだよね。猫の国はもう亡国だから各国に細々といる感じ?」
「……キティはさみしくないの?」
「さみしいってなーに?」
「私には親族がいるから何となくそう思って……ごめんなさい」

「ま、僕はともかく、魔王は凄くさみしいヒトだからさ、気が向いたら遊んであげると良いよ」
「遊ぶ……キティはリンドヴルム魔王と仲が良いの?」
「まーね、なんてたって道化師だもの、王様に軽口は特権みたいなもんだし。実際悪い人じゃないしね。竜にしてはかなり温厚だもの」
「そうなのね」
「僕、魔王に助けてもらわなかったらずっと……のままだったろうし」
「……?」
「何でもないよ、それより面白いことがこの前あって……」

その後はキティといつものようにお話をしてしまい、情報収集はおなざりになってしまった。


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【 側近に尋ねる 】


魔王の側近である彼なら何か知っているかもしれない。
用が無い時は彼は訪ねてくることはないが、今は手の治療を施すために定期的に彼はこの部屋に立ち入る。


 * * *


「あの、事件のことでお聞きしたい事が……リンドヴルム魔王は何故こんな」
「申し訳ないですが、私から何も申し上げることができません」
言葉を全て言い終わらぬ内に突っぱねられてしまった。
「……その件はもう忘れてしまった方がよろしいと私は思います。それに魔王様は、もう貴方に不躾に触れるようなことは無いでしょうから安心してください」
「……」

「それ以外の事でよろしければお伺いしますが」
有無を言わさない拒絶。
この人、少し、ほんの少しだけ苦手かもしれない。

仕方がないので、別の質問を考える。
そう言えば彼と会話した時、国内外の事柄に詳しい様子だった。

「……この国は何故他国に魔国、時には邪国と呼ばれるのですか?」
「……! キットンはそんな事を貴方に言っていたのですか」
「ええ」

彼は何かを考える様な仕草をした後に、私の方に顔を向けた。
「……魔国の呼び名は魔石やその副産物の魔障石の生産地だからです。滅多に手に入らない代物ですがこの地は資源量が多いのです。魔石は魔法の力を持つ道具を作るのに使い、例えばこの部屋の照明ですね」
彼はランプを指差す、言われてみると生活に応じ自動で適切な明るさが宿るようになっている。
「邪国の方の呼び名は、文化や価値観、物の見方が他国を大きく異なるせいです」
「文化?」
「例えば……魔法使い。魔法を操る術師やそれを応用した道具や薬の製造に携わる者が非常に多かったりします。他国では魔術師は迫害されるので必然的に数は少なくなります。もっとも、魔法使いの多さは先ほどの魔国呼びにも繋がる特徴ですが」

そういえば、魔王には魔の字が付き、目の前の側近は不思議な格好をしている。

「リンドヴルム魔王や……側近さんはその不思議な魔法というものが使えるのですか?」
「え? ええ。魔王様はあらゆる魔法に適性がありますが、攻撃を目的とする術の方が得意ですね。冥術である重力の高等術も大変得意で近くの衛星を引き寄せて、降らせる魔法も習得していると伺っています」
「えいせい? ……星の事ですか?」
「……まあ、言ってしまえば似たようなモノでしょう」


「側近さんはどの様な魔法を?」
「……」
「あの……、まずい事をお聞きしましたか?」
「……空間術。移動や透視の魔法です」
一瞬の間を置いて彼は話し始めた。

「攻撃魔法はさっぱりで。それ以外の呪法も書物を読みながら、文字を書きながらです。城の兵に強化の印の刺青を身体に刻んだりもしますが。移動魔法も近距離だけというなら大丈夫ですが、長距離となると魔法陣や莫大な魔力がないと座標が安定せず危険で……恥ずかしながらいわゆるギリギリの2流かただの3流ですよ」
「そんな! 十分に凄いです」
「……不必要に私事を語り過ぎました。時間です、もうすぐお医者様がいらっしゃいます」

治療の時間に近づき、彼はいつもの様に急かすように私に薬を飲ませた。
結局事件と結びつくような情報は得られなかった。


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