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【 選択2[望むものは] 】



幾日か解らないがまた日が過ぎる。

「大分ここの暮らしも落ち着いてきたね、ティト。」
「ええ、キティがいてくれるおかげね」
猫のキティが私に話しながら、部屋の中を掃除している。
来た当初に比べると、積もったホコリは少なくなってきたように感じる。

「ところでさー、とーとつに聞くけど」
「……ん?」
「ティトは何か望むものとかないかな? 欲しいものとか、したい事とか」
「いつもキティや側近さんに用意して貰っているけれど……どうして?」
「んー、食事とか清拭用の水とかそういう必須とか必要なものじゃなくてさー、もっとプラスアルファの」
「そう改めて聞かれると困ってしまうわ」
「……とゆーか、鳥の餌と水で満足してるとか言っちゃ駄目だよ、ティト! 最初に来たときに比べればそりゃいくらかマシになったけどさぁ」

「あー、仕事終わりっ!」
キティが掃除道具を鞄にしまい込むと目の前に歩いてきた。
「側近とか裏で色々手を回してると思うんだけど、何も言わないと最低限しか用意しないから。あーいうタイプは、ホント」
「そうなの?」
「日常の事はともかく、もっとワクワクする事とか何かノゾミ無いの? なんの変化もない囚われ生活だとティトも退屈でしょ」
「うーん、少し考えてみるわね?」
私は腕を組み目を閉じ、何か思いつくものはないか考えてみる……


   ①紅茶が飲みたい
   ②部屋の外に出たい
   ③人と話がしたい



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【 紅茶が飲みたい 】

「紅茶が飲みたい、かな……」
そうだ、紅茶。
お茶を飲むと心がほっとして、落ち着く。
そういえば、暖かい食べ物も久しく食べていない。

「こーちゃ?においのする何か色の付いてるお湯でしょ?」
「ええ。薄切りにしたレモンを浮かべたり、時々貴重なミルクや砂糖を少しいれるの」
「外国のパーティの席に連れて行って貰った時に人間が飲んでるのを見たことがあるよ。そんなのが飲みたいの?」
「ずいぶん険しい顔をしているけれど、大丈夫かしら?」

「うーん、何でもないよ……側近じゃ無理だね、ケチだし。魔王に相談してみる」
「リンドヴルム魔王に相談するの? ……やっぱり無くても大丈夫よ、キティ」
「……? 遠慮しなくて良いよ?」


 * * *


それから数日後。
一人で佇んでいると、扉の外から聞き覚えのある「あの」物音が聞こえた。
思わずベッドの端に隠れてしまう。
何の意味の無い事であるとは思うが、やはり彼は怖い。

鍵の音がして、魔王のリンドヴルムが部屋に入ってきた。

腕に箱を抱えている。人がはいれるほど大きな無地の漆黒の箱。
材質は金属が一番近いような気がする。
彼は床の上にその箱を置き、重そうな蓋をギィという音と共に開け横に立て掛けた。
そして箱から少し離れた場所に移動すると、影に隠れている私に目を向けた。

「……」

戸惑う私に彼は無言であるが、持ってきた物を見るように促しているようだ。
そのままだと怒らせてしまうかもしれない。
深呼吸をして、彼の様子を伺いながら箱に近寄り恐る恐る覗く。

箱は思ったよりも厚手で、箱の内側は紫地に染めたビロードの様なものを張り込んでいた。
文字に似た模様が所狭しと描かれている。

その中に入っていたのは明るい色の丁寧な包装の小包がポツンと一つ。
何とか怪我をしていない片手で扱える事の出来るサイズ。
動作はゆっくりとなってしまうが、箱を取り出してテーブルの上に置き開ける。

茶道具と紅茶の缶と、それに焼き菓子の箱が入っていた。

「他国から取り寄せた」
思わず彼をの方を向く。
「我は食わぬ代物だから、汝が気に入るか我には解らぬ。確認してはくれぬか?」

紅茶の缶を開けるとふんわりと良い匂いがする。

そういえば故郷の寺院の祈りの間の後。
心地の良い晴天の空に誘われ、お茶や香草入の菓子を持ち出して修道女達とささやかな茶会をした。
その光景が脳裏に浮かぶ。

ほんの少し前までの満ち足りた一時だった、ほんの少し前までは当たり前の様にあった。
少し目頭が熱くなる。
このままだと、泣き出してしまうかもしれない。
慌てて次に焼き菓子の箱を開ける。

クッキーが入っていた。

甘い匂いがする。
そういえば、甘いものもここに来てから口にしていない。
コクンと喉が小さく鳴った。

魔王の方を伺う。
「湯は配下にを頼んだが時間もかかるだろう」
低く重い全てのモノを威圧するような声。
「先にその菓子を食べても良い……すべては汝のためのモノだ」
けれど幾分か穏やかに声を発しているようだった。
彼なりの慈愛や憐みを表しているのかもしれない。

「ありがとうございます……美味しい」
「そうか」
魔王は佇みじっと静かに私を眺め、お湯を持ってきたキティと入替えに部屋から出て行った。

久しぶりに飲んだ暖かなお茶は、懐かしい味がした。


 * * *


後日。

「だいぶん落ち込んでいるねー、ティト」 「大事にしようと思ったのに……焼き菓子だけではなく、紅茶まで駄目になってしまうなんて」
「ここ、食べ物の足が早いんだよねー、モノにもよるけど」
一週間もしないうちに傷んでしまったらしい。

「どーする? また魔王にねだる?」
無言で私は首を振った。
「そっかぁ」
罪悪感に苛まれながら、私はその日を過ごした。


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【 部屋の外に出たい 】

部屋の外に出てみたい。 おそらく叶わぬ望みだろうけれども。
せめて提案するだけでも。

「キティ、外に出ることは出来る? この部屋の外ってどうなっているのかしら?」
「あーっ!! やっぱりそう来るよねっ!?」

その瞬間キティの目がキラキラと輝いたような気がした。

「やっぱりティトも外の世界に出たいよねっ! いつも平気そうにしているけれど狭い所にいるのは辛いよね? 」
「ええと……ちょっとだけ」
「そうだっ!何なら今試してみる?冒険だよ!」

あんなにカギを厳重に閉めていたというのに。
意外とあっさりと願いが通った事に少し驚く。

「気が付いているかもしれないけれど、この部屋は基本的に僕がいるときはカギはかけてないよ」
扉の前まで小走りする猫。
「だって、カギなんてものかけられて、こんなとこに閉じ込められちゃったら自由人な僕は発狂しちゃうかも」
私の顔を見て目を細め微笑む。
「ねー! こっちこっち!」
促されて、付いて行く。
彼の言ったとおり、扉のカギは開いていた。

「ほらね」

普段は開かないものだと気にしていなかったが、
促されると外への好奇心が不思議と湧いてくる。
部屋の外に踏み出す。

外の廊下はがらんとしていて長く続いている。
薄暗くが先が見え難い。


「さ、早く早くっ! この先に面白い物があるんだよー」

どんどん先に進むキティ、付いて行こうと、廊下を慌てて進む。

「……あれ?」
違和感を感じる。

「あれ、ティト、ついて来ないの?」
「……」
立ち止まった私にキティは疑問を持ち振り返る。

「……うぅっ」
呼吸をしているのに息が苦しい、目がかすんで頭が割れるように痛い。
「ぃ……息が……」
目眩を起こしたように身体の重さに耐え切れず、その場にしゃがみ込む。

「え……、ちょっと……ちょっとッ! ティトってばっ!!!」


 * * *


「ごめんね」

なんとかキティに手を引っ張ってもらって、部屋に戻る事が出来た。
まだ苦しいが、段々落ち着いてきた。

「……もう、大丈夫です」
「……瘴気のせいだね」
「瘴気?」

「この部屋やたら魔除けの水晶や呪術の装飾品や除瘴香だとは感じていたけれど、魔王が過保護なだけで大丈夫だと思ったのに……。この部屋周辺はまだ薄いはずだし……うーん」
「良く解らないけれど部屋以外はその空気みたいなものがあって悪い状態になってしまうのね……」
「この国で代々過ごしてきた人間なら多少抵抗力を持っていたりするんだけれど、ティトにはきつかったんだね」

キティは酷くしょんぼりしている。こんな辛そうな表情の彼をみるのは辛い。

「ごめんなさい、キティ……無理なお願いをしてしまって。でも叶えてくようとしてくれてありがとう、キティ」
「……え? あっ……うん」
キティは困ったような、はにかんだような顔をした。

「僕がティトの気持ちを叶えてあげたかっただけだから気にしないで。もしもティトが外で倒れても僕だけでここまで運ぶの無理だろうし、何か対策するまでは冒険はおあずけだね」
「ええ、また機会があったら行きましょうね、キティ」
「この事は内緒ね、側近は地獄耳で告げ口魔だから気を付けて。僕しょっちゅうそれでイタズラを怒られるんだから!」

キティの声は最後の方は幾分持ち直した声だった。
……元気になってくれて良かった。


 * * *


翌日、キティは来ず、側近の方が部屋に来た。

「担がれましたね?」

彼の言葉は最小限だったが、低く重い口調から昨日の事をとがめているのだと察する。
彼はいつか安全のために使う事もあるかもしれないから置いておくと言って――
持ってきた鎖の付いた枷を部屋の端に置いて去っていった。

それ以上の事は無かったが、彼は帰り際にぼそりと、

「次はないですよ」

……と言った気がする。


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【 人と話がしたい 】

「人と話がしたいかも……」
「やっぱ僕みたいな話相手が必要だよねーっ……て、えー? 『ヒト』って人間の事?」
「え?……ええ、そう」


「僕のよーな可愛い猫獣人じゃなくて?」
「キティとのお話も楽しくて元気になるわ、ただ」
「ただ?」
「城や寺院では必ず周りに侍女やシスターの方がいて、一緒に過ごしてきたから少し寂しくなってしまって……」
「ふーん?」
「ねえ、このお城には侍女の方とかいらっしゃらないのかしら」
「うーんとねー」
キティが考えこんでいる。
「あっ!」
何かを思いついたのかキラリとした顔でこちらに顔を向けた。

「人間の侍女とか女の召使いはいないけど、女々しいので良けりゃ都合つくよ! ……少なくとも僕は奴の外観じゃ性別解んないし」
「ありがとう、お願いするわね、キティ」


 * * *


数日後、キティが仕事を終え部屋から出て行ってしばらく後。

ノックの音がして、鍵音と共に誰かが部屋に訪れた。
侍女の方だろうか?
「キットン・ソックスから伺いましたが、姫様が私をお呼びになられたそうですね」
「え、あれっ……?貴方は……」
「え?」
来たのは、仮面と頭巾を身につけた治療の前に来る側近の男性だった。
どこか無機質で冷たいような。そんな雰囲気を持つ人。

訝しがる側近に、私は簡単に経緯を彼に説明した。

「成程、そういう事情だったのございますね。この根城は主が竜であることもあって、私の他は人間以外の種族しかいないのです」
「そうだったのですね……」
「根城を取り巻いている出城まで行けば女性もいるのですが、此処からは大層離れていますし、姫の事は内密になっておりますので」
「……お忙しい所すみません、呼び出してしまって」
「構いません。それにしてもキットンは私の事を男らしく無い男とでも言っていたのでしょう。後で何か彼に言ってやります」
「キティ……キットンを叱らないであげてください、私が無理なお願いを言ったのです」
「……。私でよろしければ姫様の話し相手になりましょうか。何から話されますか?」

「……」
「……」

そう言えば彼とは、質問や確認の様な事務的なやり取りしか会話をしていない。
もっと考えてみれば、城でも寺院でも男性と話したことがない。
……何を話せば良いのだろう。

「側近さんの名前はなんというのですか?」
「……」
沈黙。何となく冷ややかな視線を感じて怖い。

聞いてはいけなかった事なのかも知れない。

「……キティは、とても利発な猫ですね」
「そうでございますが、狡猾ともいいます。彼が犬だったら私はとっくの昔に見捨ててます」
「ええと……」
「……」

会話が続かない。

「……側近さんは犬が苦手なのでしょうか?」
「はい」
「彼らは賢くて、優しくて、従順で素晴らしい生き物なのにですか?」
「……野犬に喰われかけた事があるので」
「えっ!」
「この国の犬は牛並に大きく、2つ頭のそれはもう恐ろしい姿なのです」
「……ええぇっ!?」


 * * *


その後も会話はお互いに不慣れなせいか、途切れ途切れだった。

「すみません、談話は普段しないものですから苦手でして」

側近が帰る間際、彼は申し訳なさそうに謝った。
けれど私は普段遠くに感じていた彼が幾分か身近に感じられて嬉しく感じていた。

「色々な事を知ることができ楽しかったです、また私と話してくださいね」
「……そうでしたか? ……ありがとうございます」

その後彼は礼をして、部屋から去った。


 * * *

翌日。

「ねー、ティト?どーだった?楽しかったー?」
「ええ、少し仲良くなれた……のかしら? 最初に感じたよりは怖い人ではないのですね」
「ふーん? どんな感じのお話したのー? すきなタイプとかー?」
「えっと……」
キティが訪れた時に興味津津に、話の内容を聞かれて困ってしまった。


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