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【 選択3[図書室の本] 】



日が過ぎていく。数えるのは諦めてしまった。
利き手の自由がきけば日記を記す事もできたかもしれないが、今の私には叶わない。

する事もないのでぼんやりと部屋を整頓するキティを眺める。
彼は部屋に置いている水晶を手に取り息を掛けて布で丁寧に磨いている。

「あ、これ割れかけだー、交換しなきゃ!」
水晶珠の中に無数の傷が入ってしまっているらしい。
かざした珠が猫の手中でキラキラと光る。
どこか現実から離れているような不思議な輝きだ。

「どーしたのティト? 僕なんか見ちゃったりして」
「何でもないのよ、キティ」
「まー、暇だよね、毎日、まいにち、ずうっと同じ」
「ゴメンね、邪魔しちゃって……」
「別に気にしてないよ」

「……ああっ! そうだっ!」
キティが突如大声を発し、何かをひらめいたように自身の手を叩く。
「このお城は魔王の寝床なんだけど、博物館みたいな秘宝庫とかおっきな図書室もあるんだ!」
キティがあの水晶にも似た瞳で私を見上げる。

「何で思いつかなかったんだろう、ティトに本を借りてくるよ!」
「頼んでも良いの?」
「うん、もちろん!」

「ねぇねぇ、ティト! なんの本が欲しい?」
「えっ……ええと……」


   ①図鑑を頼む
   ②物語を頼む
   ③教典を頼む



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【 図鑑を頼む 】

「図鑑の本を持ってきてくれないかしら?」
「ズカンね、図鑑。ちょっと待ってて探してくるっ!」


 * * *


「ごめんティト、持ってくるの無理みたい」
意気揚々と飛び出していったキティが落胆して帰ってきた。

「何かあったの?」
「ここにあった図鑑すんごくでかくて重かったの。ドラゴン用」
「ドラゴン用?」
「特別な羊皮で出来てる奴。側近に頼んでもぎっくり腰になるからダメだろうなぁ」
「そうなのね」
「出城に行けば小さいのもあるかもしれないけれど……遠いし、メンドーな事になりそうだし。信用ないからね、僕」
「気にしないで、キティ」


 * * *


その日から、幾日か経った夜。
鍵音を鳴らし開いた扉の暗闇からのそりと黒竜が顔を覗かせた。
「……」
リンドヴルム魔王は時折夜中にこの部屋に訪ねて来る時がある。
側近の方に理由を尋ねると、魔王様は姫様の安否が心配なだけです、と言ったきり相手にしてくれなかった。

魔王は様子を確認しただけで直ぐに立ち去る日も多かったが、今夜は部屋の中に入ってきた。
彼は片手に何かを携えていた。

「それは……」
「……」
それは非常に分厚い落ち着いた色合いの本だった。そしてとても大きな本だった。
おそらくその本は私よりも重いだろう。
それを彼は何でもないといった様子で軽々と持っている。

魔王は本を床の上に置き、真ん中辺りを開いた。
両開きになった頁には丁度鳥と翼の構図が描写されていた。
それを説明しているらしい文章が記載されている。
図鑑だ。猫のキティが魔王に図書室の本の件の事を伝えてくれたのかもしれない。

「この本を私のために持ってきて頂いたのですか?」
「ああ」
肯定の言葉が返ってきた。
「ありがとうございます……!」

本の横にゆっくりと腰を落とす。
一通りそのページを目を通すと、左手で、次の頁を開こうと試みる。
結構重い。紙ではなく皮で出来ているというのは本当だったようだ。

書かれている文字はおそらく国外の文字で解らない。
けれど繊細で丁寧に色付けされた挿絵を見るのはとても新鮮だ。
とはいえ、さすがに大きな本なので片手で捲るのは少し難しい。

「その腕では厳しいだろうから、我が羊皮紙をめくろう」
リンドヴルムがそう言い、私の横に来ると私の手が本から退ける様に促した。
「良いのですか」
「無論」
「ありがとうございます」

図鑑はおそらく、百科事典なのだろう。最初に見た鳥だけではなく様々な乗り物や道具や動物が描写されている。
見たこともない物も多い。内部の構造が解るような大きな差し絵を見るのは楽しい。

「気に入ったか……?」
「ええ、とても嬉しいです」
「そうか」

本を眺める私の目線が紙の端まで行き満足するのを見届けると彼は私の横で次のページを開く。
ペースを完全に私に合わせてくれている様子だ。

「……」
「もしも……望むのならば。汝の望む種類の図鑑を持ってきて、汝の手の代わりに我が本を捲るのを手伝おう。」
「面倒ではないのですか」
「かまわぬ、我が汝出来ることなど、それのみかも知れぬ」
「……」


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【 物語を頼む 】


「物語が読みたいかも」
「お話かぁ、どんなのがいい?」
「ええと、……英雄のお話とかどうかしら?」
「わかった、探してきてみるっ!」


 * * *


あれからしばらくして、キティが本を数冊抱えて戻ってきた。

「はいどうぞ!何冊か見繕ってきたよっ!」
「ありがとうね、キティ」

私は椅子に座るとその中の一冊を手に取り開く。
「あら? 知らない文字」
「え? じゃ、 こっちの本とかは?」
「……ううん」
「公用の字だよそれ。聞くけどさ、何だったら読めるの?」
「ソイル文字」
「……マイナー過ぎない?」

どうもこれらの本は私の読む事の出来ない国外の文字でつづられた書籍のようだ。

「キティは読めるの?」
「読めるけど……その本、恵まれた体格の男が英雄になる話で好きじゃないんだ。よてーちょーわって感じ」
「読んでもらおうと思ったのだけど、キティが苦手なお話なら止めておくわね」
「……。良ければ僕がティトにお話をしようか?」
「良いの? お願いするわね」
「ん。じゃあ、僕も横に座るね」
そう言ってうとキットンは私の横の椅子に座ると朗々とした声で語り始めた。


 * * *


「――こうしてワーラットの少年は悪いブタの国王から、ブタの貯金箱を盗んで盗みまくって貧しい人々にくばり国中幸せになりましたとさ、めでたしめでたし、おしまいっ!」

「ふふ、あははっ」
「めちゃくちゃウケてる……というか笑い過ぎだよ!!そんなに面白い?
「逃げるためにお金をまいて周りの人々にいっせいに拾わせて、追手の道を塞ぐ所とか」
「うん」
「それに、言葉、かっぱらうとか、とんずらかるっていう言葉がとても新鮮で可笑しくておかしくて、ふふ」
「あんまりその言葉、お姫様が使っちゃだめだよ」
「そうなの?こんなに可笑しいのは本当に久々かもしれない」
「……喜んでもらって嬉しいなあ。また機会があったら物語を話してあげるよ、星を盗むトリックスターのお話とか!」
「楽しみにしているわね」
「ねえ、ティト」
「ん?」
「気に入らない物語の結末なんて勝手に変えちゃえばいいんだよ、そう願うのなら」
「……?」
「やっぱ、なんでもないよ」


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【 教典を頼む 】


「教典やその解釈をしている書籍が読みたいのだけれども……」

「あのさ。一応聞くけど、そのきょーてんってティトの国の宗教の本?」
「そう、地母神を祀る信仰の」
「あー。そういう本、ここの図書室にはないと思う」
「そうなの?」
「この国って他じゃ『邪教』とかなんとか呼ばれる宗教がメインだからね。えげつねーしゅーきょーの」
「そう……・」
「まー、そういう事もあるよね」


 * * *


幾日か経った日。
おそらく医者を呼ぶ時と違う時間に、側近の方が訪ねてきた。
手に何か書物を抱えている。

「側近さん、その本は……?」
「……教養を深めるために所有していた本です。私物で申し訳ございませんが、宜しければお納めください」

私は側近が差し出した本を受け取った。
手中の書を眺め、確認する。年季の入った物であるようだ。
題名は――動乱時代の地母神論。

「……!!こ、この本っ!この時代の書籍は戦火で大部分が焼失してしまっていて数は多くないはずです」
「私には不相応な本です。姫様が所有になられる方が相応しいでしょうね」
「……ありがとうございます!」
「喜んで頂き、大変恐縮です」
「でも……。こんなに貴重な本を頂くのは申し訳ないので、しばらく貸して頂きますね」
「そうですか。返却して頂くのは何時でも構いませんので、ご都合の良い時にでも読んで頂ければ幸いです」

「本当に凄い本……もう一通り目を通されているのですか?」
「はい」
「もし解らない所が出てきたら、側近さんに色々と尋ねてもよろしいですか」
「姫様がそう所望されるのであれば何時でも。私の様な男で宜しければですが」
「ありがとうございます。今、とても嬉しいです」
「……喜ばしい事です」



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