<前 | 一覧 | 次>

【 魔王ルート2[寵愛] 】



私がこの部屋に閉じ込められて、大分日数が経ってしまったみたいだ。
厳かな雰囲気の壁掛の暦が、静かに過ぎ去った月日を告げている。
何時か魔王に日付を尋ねた翌日に部屋に取り付けられたものだ。

「ねー、ティト、それにしてもさー、この部屋って高そうな物が増えたね」
清潔な白いシーツを持ったキットン・ソックスが掛けながら辺りを見渡しながら言った。

魔障避けの道具で無動作で埋められた風化した空間はいつしか整備され、空を模した窓替わりの絵画が飾られ古風な調度品が並ぶ居住空間となっていた。

「リンドヴルム魔王が来る時に手土産に持ってきて下さるの」
「ほーんと、あの竜ってすぐモノで釣るんだから……」

魔王である黒竜が夜中に部屋に訪ねる間隔は増えていった。
時には宵の口前に訪れる事もある。

「最近は寺院で給仕されていた食べ物を用意して頂いて、楽しみの一つになっているの」
「……草のスープとか豆とか木の実とか、ミルクとか只のパンとかが?」

「温かかな食事を頂けるのってとても嬉しい、それに甘いデザートも」
「デザートっていっても、たまーにだし、保存の効く乾いた菓子とか蜜漬けの果物とかじゃん……しかも大概魔王付き! それでも飼料用の粉やそれで作った粥をすすってた最初に比べりゃ、お貴族様の食事だよねー」
「でもあのトウモロコシ、滋味があって好きよ?」
「……ティトって、味覚音痴?」

此処に来てから魔王は私に危害を加える様子は無かった。
彼は私に対して壊れ物でも触れるように……触れもせずに丁寧に扱う。
当初感じた魔王への恐怖心はなりを潜めてしまっている。
魔王と私の関係は良好になってきているのかもしれない――


 * * *


近頃、魔王リンドヴルムは魔国の根城を開け、何処かに出かける事も増えているようだった。

二日ほど城を開け帰城した魔王は、いつもより大分早い時間に私の部屋に訪れた。
丁度夕食の時刻の事だった。
卓上には給仕されたばかりの温かなイラクサのスープとベイクドビーンズ、ライ麦のパンが並んでいる。
猫獣人は意味ありげに魔王と私を交互に見比べると、席を外した。

「リンドヴルム魔王、お夕食は済みになられたのですか? もしもよろしければお誘いしたくて」
「今は喰わぬ……我は人と同じ食事を摂らぬからな」
「竜の身体は人の食べ物を受付けないのですか?」
「人間の食糧はこの不毛の地では育たぬ。飢えた国民の食を奪うわけにはいかぬ。我は悪食の竜、それ故食事姿を汝に見せる訳にいかない」
「では、ご一緒するのは駄目なのですね……」
「しかし、アブサンは嗜む」
「アブサン?」
「リンドヴルムはリンドワーム。ワームは脚が無い細長き生物の総称。ワームウッドはニガヨモギ。園から追われた蛇の通る道に生える植物、アブサンはそのニガヨモギを漬け込み造る酒だそうだ。……ニガヨモギは星の名でもあるが」

「我を揶揄する為だけに異国の者が寄越した緑色の酒だが、不思議と臓に解け心地良い。苦胆の様だ」
魔王は私の方を見ると薄く淡い紫色の宿る目が緩やかな形を作る。
「その酒は特別な匙に乗せた砂糖を湿らし燃やしてから飲む。燃ゆる炎は汝から見ても面白い余興かも知れぬ。別の機会に持込んで汝と食事を共にしよう」
「嬉しいです」

「ところで――最近良く遠くに出掛けられているそうですが、何かあったのですか?」
「緊急会議とそれに伴う国際会議が立て続けに挙行された」
「何かがあったのですか!?」
「……」
「リンドヴルム魔王…?」
「汝が知る必要はない」
「教えてください」

魔王は沈黙する。その横顔は酷く悩んでいる様に感じた。
安易に聞いてはいけない様な事なのかも知れない。



   ①それでも問いただす
   ②何も問わない



------------------------------------------------------------------




【 それでも問いただす 】


それでも――

「その話は土の国に関係する話ですか? もしそうなら……私には知る権利が有ります」
「ティト……」

リンドヴルムは、顔を顰め寄せ私を睨み、拒絶する様に押しつぶすような唸るよな低い声を発する。
それに怯む訳にはいかない。彼の目を見据える。
私は私にとって魔王が害を加える存在では無いことを既に知っている。

観念したのか、魔王は顔を下に向け少しずつ語り始めた。

「……土の国の王が通達を出した。第八子である姫が花嫁修業中に何者かに誘拐されたと」
魔王は言いよどみながら答えた。
「……っ!!国は……フォレストソイルは何と……!」
「多くは語らなかった。しかし、 今まで隠蔽していた点について各国の批判を受けていた。……その声の中にはホーグランドの国王の姿もあった」
「……っ!!」
「だがそれだけだ。……内心、心底煮えくり返っておるかも知れぬが。奴に『婚約者』としての発言権、権力は無い」
「……?」
「遠巻きに他の国に混じって詰ることしか出来ぬ。奴に公正な場で糾弾や制裁など出来るものか」
リンドヴルムは眼を見開き吐き捨てる様に言った。

「何故ならば……あの男は既に――妻帯者だ。正式な妃がいる」

「……!?」
私は言葉を失った。

「流石にあの男にも、大勢の前で『妾』を奪取された事を公言するような厚顔無恥な振舞いは出来ないという事であろうな。ホーグランド国王は高齢の――心身ともに醜い醜悪な男だ」
リンドヴルムは酷く嫌悪の籠った様子で荒々しく息を吐いた。
リンドレクの王である魔王はホーグランド国王と大きな確執があるのかもしれない。

「汝の国であるフォレストソイルはあらゆる国の国境と重なる所に位置する国家、戦が始まれは必ず戦火を被る国。だからこそ各国の顔を伺う様に行き過ぎた政略結婚を。時には汝のように――。汝は国に売られたのだ。和平のためにっ!」

「無垢な汝が、あの王に穢されるのを我は許せない」
「……」
私の父――フォレストソイル国王もその事を承諾していたのだろう。その上で私に真実を覆い隠して。

「すっかり食事が冷めてしまったな……邪魔をしてすまぬ」
リンドヴルムは静かに部屋から出て行き、私は独り取り残された。




<前 | 一覧 | 次>


------------------------------------------------------------------




【 何も問わない 】


リンドヴルム魔王は何も問いたださない様子にホッとしたような安堵の表情を見せた。
その後にどこか後ろめたそうな表情を私に向けた。

沈黙の後に少しずつ黒竜は語り始めた。

「……土の国の王が通達を出した。……第八子である姫が花嫁修業中に何者かに誘拐されたと。詳細は語らなかったが」
「……」
私は静かにリンドヴルムの言葉に耳を傾けていた。
魔王は私の様子を伺いながら言葉を紡ぐ。
「ホーグランド国王も会議に出席していたが……その旨について汝の婚約者としての発言は無かった」

リンドヴルムは静かに息を深く吐き出した。
そして押し殺した声で述べた。

「何故ならば……あの男は汝の婚約者ではない。……あの男は既に妻帯者だ。正妃がいる」

私は息を飲んだ。
「国家ぐるみで妾にされそうになったという事であるな。……無垢な汝が、あの王に穢されるのを我は黙って見ておれぬ」
「……」
私の父――フォレストソイル国王は私にその事を隠していたのだろうか。
……駄目だ、今は何も考えられない。

リンドヴルム魔王が私を見据える。魔王の淡い紫色の眼が慈しむようなに静かに揺れる。
「ティト……汝は我が守る」
そう呟いた魔王は、紫の瞳に仄暗い影を落とした様に感じた。

「すっかり食事が冷めてしまったな……邪魔をしてすまぬ」
リンドヴルムは静かに部屋から出て行き、私は独り取り残された。




<前 | 一覧 | 次>

------------------------------------------------------------------





inserted by FC2 system