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【 魔王エンド1[竜と友達] 】



永遠とも感じるほどの熟考の下で、リンドヴルム魔王は有る一つの重大な決意をしたのだった。


* * *


訪問したリンドヴルムは私の方をを見て静かに考え込む事が多くなった。
機嫌の良いときは黒い尾の先を穏やかに揺らしている事もあったというのに、この数日は力なく垂らしているばかりだ。
それなのに声をかけると何でも無いという言葉を繕うのだ。憂いの有る表情の顔を伏せながら。
そんな彼の様子を見て私は心当たりを茶道具と菓子を用意するキットン・ソックスに尋ねた。
キティは曖昧に笑って、誤魔化すように白い皿の小麦のビスケットの数を増やした。

りんどーちゃんも色々あるんだね、きっと――
けれど、けっしてティトを悪いようにしないから安心しておいてね。


* * *


「ティト」

そんなある日、リンドヴルム魔王が驚くほど穏やかに優しく私に声をかけた。

その日魔王はいつもより動きは緩慢で、腕に箱を抱えていた。
幾度も見かけた、大きく丈夫な黒い箱だ。
この箱は中が二重構造になっており、濃い瘴気に中のモノが耐えられるように沢山の耐瘴の文字や小さい水晶の粒子が敷き詰められているのだ。

いつも美味しい食べ物や丁寧な仕事を施された便利な道具や不思議な異国の名産物が入っているのでついつい期待を膨らませてしまう。
フォレストソイル縁のものだと嬉しいな。少し前の土産は花草で淡く色付けたハンカチーフだった。
それは故郷の空気の香りを包んでいて、嬉しさのあまり側に居た竜や猫の鼻元に持って行って匂いをお裾分けしてしまった。側近には手で遮られ、やんわりと断られてしまったが。
勿論、リンドヴルムが私が喜ぶようにと慮ってくれているのが解っているからこそ、暖かな気持ちになるのだ。

魔王の側に寄ってきた私を見て、黒竜は目を細めた。

「今日は土産では無いのだ……この箱の中に汝の身体を入れてくれないか」

こんな小さな箱では窮屈で移動中辛抱させることになるが、と少し申し訳なさそうに竜は言う。
リンドヴルムの顔は悪戯を思いついたキティを彷彿させるような表情で。
それでいて穏やかな諦観と、雲淡く澄んだ空の晴れやかな気配の混じった顔だった。


* * *


魔国リンドレク全体にに漂う瘴気。
リンドレク城内の廊下や地下の瘴気は濃く、魔石の発掘現場の前線に匹敵する濃度の場所もあると聞いた。
吸うだけでも呼吸器官を痛め頭痛や吐き気を引き起こす。人間の生存を阻むような空気。
それらが漂う中、箱の中に身を潜め見知らぬ所に渡るのはきっと怖い事だろう。
魔王の言葉に一瞬私は目を白黒させたが、彼が連れて行ってくれる所に私の危険は無い。

ゆらりゆらりと箱は揺れる。遠い記憶の揺り籠のようだ。
中は昏いが箱に貼られたビロードの柔らかな手触りが心地よい。
そんな黒竜に連れられた箱の旅も終点だ。

箱の蓋を開け、外の目映さに目を凝らし辺りを見渡す。
そこは魔石と水晶が辺り一面に積まれた、天井のとても高い神殿のような厳かな場所だった。

しんと静まり返った無機質な堅い石造りの建造物。本来はそういう場所なのだろう。

けれど今は物音こそ無いが彼らは此方に驚くほどに多弁に語りかけてくる。
積まれた魔石と水晶だ。
魔力を放出させるための動力となる魔石。恐らく魔瘴石の混じらぬ純度の高いものだろう。
沢山ある石達は赤、緑、青それらを組み合わせた様々な色の光を主張し辺りを照らしている。

人間に生存圏を与える、瘴気の対抗手段である吸着剤である魔除けの水晶もそうだ。
山と積まれている水晶達。
時折役目を終えた水晶がぱりと割れ、発生した小さな欠片は魔石から発した光を複雑に乱反射し鮮やかに色を散乱するのだった。

暖かいような、冷たいような。淡いような、濃いような。戯けたような、悲しいような。

それらはまるで私の実家のフォレストソイルの城のホールに飾られるような非常に装飾的なシャンデリア、寺院や修道院の丁寧に磨かれたステンドグラスを彷彿させた。
あるいはある時明るい声の修道女に呼ばれて外に出て見上げた空に浮かんだ虹色の彩雲。
見たことは無いが鏡を使っていて人に夢を見させるという道具、万華鏡にも似ているのかもしれない。
ひょっとしたらそれら似たようなものすら凌駕する光彩、光景なのかも知れない。

現実から浮だった夢に似た周囲に護られるように中央に石畳の間が広がっていた。
その上の複雑な模様から上向きに強く輝く光が、白色に煌々と浮かび上がっている。

「魔方陣だ」

暫く私を沈黙し様子を伺っていたらしいリンドヴルム魔王の声が静かに響いた。

「あの、丸く輪のような模様が……魔方陣なのですね」
「アル……あの男、我の右腕の得意とする空間術、空間転移術の安定用の魔方陣だ。長距離の飛躍、過去に簡易な魔方陣を紡ぎ跳んだ実績があるとは言え、遺る魔法の痕跡の薄い場所への転送となる。我が竜の体内の魔力を上回る膨大な魔力を消費する。周りの魔石は補うための原動力となる」

「そして、この魔方陣は汝のためのものだ。汝が無事にフォレストソイルの寺院に還るための、な」
「……!? 私を故郷に戻してくれるのですか!!」
「嗚呼、そうだ」




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