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【 銀の幌馬車の話 】



「日光の様に輝く白銀の幌馬車ね、とっても素敵だわ」
豊かな金色の体毛を持つ猫のような女は、希人たる行商人の僕に笑いかけた――
【とある出版物の銀の幌馬車該当部分より】


* * *


この大陸でかつて流行った話に銀の幌馬車と呼ばれる物語がある。
少し詳しく言えば330年前位に書かれた多芸な行商人の男の手記の一部だ。
当時この大陸は今のような平常の世では無く日常的な小競り合いや戦があり、自由に往来する人間は少々珍しかった。
そのためその著者の旅の体験記は魅力的で、買い取られたのち連載されささやかな娯楽となっていた。
元は手記なだけに簡潔な文章で書かれていたのも大衆に気に入られた点だと思われる。
その書籍は文学的な価値は薄いが、印刷技術が庶民に降りてきた時代の出版物として持つ重要性は高く。
特に銀の幌馬車に該当する部分は別の意味でも大陸に重大な影響を与えたと言われている。

手記の主は曲芸師擬きの実演販売を得意とした。
そんな行商人がある時猫の王国に迷い込み、好奇心旺盛な猫獣人の若い女性に惚れられる事から話は始まる。
一緒に楽しく旅をしながら猫獣人と恋愛し、最後は微睡む猫の腹に耳を傾け幸せそうにしているような。そんな夢物語のような話だった。
この部分の手記までを出版社に託した後、彼らは船で別の大陸へと旅立ったため書籍の最終回として扱われている。

異国趣味、オリエンタル趣味のきらいがあって、ちょっとばかし猫獣人を煽情的に、猥談的に茶化したように書かれている部分もあったりして。
当時でも有識者に顔をしかめる者がいたと聞く。
けれど本来だったら毒にも薬にもならない娯楽の話たりえたのかもしれない。


けれど、その書籍は巡り巡って。

猫の王国を破滅に導いた。


秘境である猫の王国の場所を、地形を示してしまった。
何気なく書いた部分に猫獣人の種族の持つ深刻な脆弱な特徴を晒してしまった。
猫獣人を劣情を催させるような象徴として特殊な意味を付け、それにより猫獣人を見る眼差しに昏いものを持たせてしまい多くの猫獣人の雌が犠牲になった。

今となってはどれが原因か、それともこれら全部かは解らない。
猫の王国が攻め滅ぼされ、猫獣人が浄化されてしまった事実だけが残った。

それを晩年この書籍がもたらしたものを知った男は、この書籍の禁書を願う手紙を遺し
自死したとも言われる。
そのためこの書籍は未だに禁書扱いなのだ。





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